サニージャーニーこうへいのバツ3の真相はみずきへの3回のプロポーズ!5年越しの純愛と感動の結婚式

サニージャーニーこうへいのバツ3の真相はみずきへの3回のプロポーズ!5年越しの純愛と感動の結婚式

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サニージャーニーのこうへいさんにバツ3の噂があると聞いて、気になって調べている方も多いのではないでしょうか。

実はこの「バツ3」の正体、調べてみると5年越しの純愛と命がけのプロポーズという、涙なしには読めない感動のエピソードが隠されていたんです。

3回のプロポーズはすべてみずきさんへのもので、1回目は宮古島、2回目は沖縄同棲中、3回目はこうへいさんの誕生日にそれぞれ行われました。

本記事では、バツ3の噂の真相から3回のプロポーズの詳細、みずきさんの膵臓がん闘病、炎上・詐病疑惑の経緯まで、サニージャーニーをめぐるすべての疑問にお答えします。

この記事を読むとわかること
・サニージャーニーこうへいのバツ3はなぜ噂になったのか、その真相
・みずきへの3回のプロポーズの詳細と5年越しの愛の結末
・みずきの膵臓がんステージ4の経緯と炎上・詐病疑惑の真相

サニージャーニーのこうへいのバツ3疑惑と感動のプロポーズ

サニージャーニーのこうへいさんを検索すると「バツ3」というキーワードが出てきますよね。

でも、その噂の正体を調べてみると、なんとも感動的な真実が隠されていたんです。

このセクションでは、バツ3の噂がなぜ生まれたのかと、3回のプロポーズの真相、そして2人の感動的な馴れ初めから結婚式まで、こうへいさんとみずきさんのストーリーを詳しくお伝えします。

バツ3の噂はなぜ広まったのか

サニージャーニーのこうへいさんを検索すると「バツ3」というワードがサジェストに出てくることがあります。

「え、あんなに仲良さそうなのに?」と思った方も多いんじゃないでしょうか。

実はこのバツ3の噂、まったくの事実無根なんです。

噂の発端になったのは、サニージャーニーのYouTubeチャンネルにアップされていた人気動画です。

その動画のタイトルが「彼女に3回目のプロポーズをした!」というものでした。

この「3回目のプロポーズ」という言葉が、一部のアンチやネガティブな受け取り方をする人によって「3回=3回の結婚?バツ3なのでは?」という、ものすごい飛躍した解釈に発展してしまったんですよね。

本来、「3回目のプロポーズ」というのはみずきさんへの3回目のプロポーズというだけで、「3回の結婚=バツ3」とは全然違う話です。

こうした誤解がSNSを通じて瞬く間に拡散していってしまったわけです。

ネット上での情報拡散のスピードと怖さを改めて実感する出来事ですよね。

こうへいさんにバツ3の離婚歴は一切なく、3度のプロポーズはすべて妻・みずきさんへのものでした。

バツ3は嘘!みずきに3回プロポーズしていた

「じゃあ、なんで3回もプロポーズしたの?」と思う方もいると思います。

これがまた、知れば知るほど胸に迫るエピソードなんです。

こうへいさんがみずきさんにプロポーズしたのは合計3回。

しかし3回とも、同じ相手であるみずきさんへのプロポーズです。

1回目は、みずきさんが病気を発症する前。

2回目は、みずきさんが膵臓がんのステージ4という重篤な状況が明らかになった後。

そして3回目は、再手術を乗り越えて生還した後のタイミングで行われたものです。

それぞれのプロポーズには「一緒にいたい」「どんな状況でも支えたい」「これからも共に生きていきたい」という、こうへいさんの変わらない想いが込められていました。

ただのサプライズや演出ではなく、命の重さを背負ったプロポーズだからこそ、多くの視聴者の心を揺さぶったんだと思います。

バツ3誤解のSNS拡散のメカニズム

バツ3という誤解がなぜここまで広まったかというと、サニージャーニーが炎上していた時期と重なっていたことも大きかったようです。

みずきさんの膵臓がん公表後から、こうへいさんへの批判的な声が高まっていた時期があり、そういった流れの中で「バツ3」という噂も尾ひれがついて広まっていったと考えられます。

こうした誤情報の拡散は、当事者にとって本当に傷つくことですよね。

3回のプロポーズはすべてみずきさんへのものであり、こうへいさんにバツ3の離婚歴はありません。

1回目は宮古島でプロポーズするも断られた

1回目のプロポーズの舞台は、沖縄の宮古島でした。

当時、こうへいさんはオーストラリアへのワーキングホリデーを考えていたそうです。

しかし、みずきさんのことが頭から離れなくなった。

「ワーホリに行くより、みずきと一緒にいたい」という気持ちが強くなり、宮古島にいたある日、こうへいさんは婚約指輪まで用意してプロポーズに踏み切りました。

しかし結果は……撃沈。

みずきさんは、こうへいさんのことが嫌いだったわけではありませんでした。

みずきさん自身が後日語っているのは、「こうへいくんが嫌いというわけではなく、自分はまだ子供だと思っていたので、結婚の覚悟が決まらなかった」ということでした。

それでも、こうへいさんが渡した婚約指輪をみずきさんは受け取り、「とっても嬉しかったから、指輪は私が持っておく」と自分で保管することにしたそうです。

……これ、なんともいえないですよね。

断ったけれど、指輪は受け取って大切にする。そこにみずきさんのこうへいさんへの気持ちがにじみ出ているようで、読んでいてじんわりしました。

この後、みずきさんは地元の北海道へ帰り、こうへいさんは宮崎県の種子島でサーフィン三昧という、2人の間には10カ月ほどの遠距離恋愛の時期があったそうです。

2回目も断られ、3回目でついにOKをもらえた

10カ月の遠距離恋愛を経て、こうへいさんとみずきさんは沖縄で同棲生活をスタートさせます。

当時のこうへいさんは保育士として働きながら、YouTubeを始めていた時期でした。みずきさんはホテルマンとして仕事をしていたといいます。

同棲生活を始めておよそ1年が経ったころ、こうへいさんは2回目のプロポーズに臨みます。

しかしまたもや……断られてしまいました。

「まだ、早かったみたいです」と、こうへいさんはのちに語っています。

それでもこうへいさんは諦めず、数カ月後に再び決意します。

3回目のプロポーズは、こうへいさん自身の誕生日に行われました。

そしてついに、みずきさんから念願のOKをもらえたんです。

1回目のプロポーズから数えると、実に5年間待ち続けた末の成就でした。

みずきさんはOKした後、こうへいさんへこう感謝を伝えたそうです。

「こうへいさんがずっと自分を見守っていてくれたこと、そして自分の未来を描くことができるまで待っていてくれた」と。

5年間、ひとりの人をひたむきに想い続けるって……すごいことだと思いませんか。

3回のプロポーズはすべてみずきさんへのものであり、5年越しの愛がついに実を結んだ感動のエピソードです。

5年間婚約指輪を守り続けたみずきの思い

1回目のプロポーズでこうへいさんが用意した婚約指輪、みずきさんはそれを受け取って自分で保管し続けていました。

1回目のプロポーズから3回目のプロポーズまで、実に5年間にわたって指輪を手元に置いていたというのですから、これは単純に驚きです。

まだ結婚の返事はできないけれど、指輪は大切に持っておく。

そこには「こうへいさんへの気持ちはある、ただ自分自身がまだ準備できていないだけ」というみずきさんの複雑な心情があったのでしょう。

5年もの時間をかけて、自分の覚悟が決まるのを待ち、ようやく「YES」を言えたみずきさん。

そして、それを静かに待ち続けたこうへいさん。

この2人の間に流れた時間の重さを思うと、なんとも言えない気持ちになりますね。

読んでいてこちらまで温かくなるエピソードです。

みずきとの馴れ初めは西表島のリゾートバイト

こうへいさんとみずきさんが出会ったのは、沖縄県の西表島でのリゾートアルバイト中のことでした。

2人ともそのホテルで働いており、仕事を通じて少しずつ距離が縮まっていったようです。

告白のシーンも素敵で、西表島の島民が星空を見に行く習慣があることを知ったこうへいさんが、みずきさんを誘って星空の下で気持ちを伝えたそうです。

……ロマンティックですよね。

星空の下での告白でOKをもらい、2人はお付き合いを始めることになりました。

その後は一緒に各地のリゾートバイトをしながら、北海道のニセコなど5カ所ほどを転々として愛を育んでいったそうです。

出来事場所
出会い・告白沖縄県西表島(リゾートバイト)
みずき帰郷→こうへいも同行北海道
複数のリゾートバイトニセコほか5カ所
1回目のプロポーズ宮古島
同棲・2回目のプロポーズ沖縄
3回目のプロポーズ・結婚北海道(こうへい誕生日)

こうして振り返ると、2人の関係は旅とリゾートバイトとともに歩んできた、まさに「旅する愛」そのものですよね。

感動の結婚式は2024年3月に開催

2024年3月10日、こうへいさんとみずきさんはついに念願の結婚式を挙げました。

会場は新潟県のあてま温泉 当間高原リゾート ベルナティオ。

みずきさんが膵臓がんステージ4と診断されてからおよそ1年4カ月後のことでした。

挙式の様子はYouTubeでも公開され、ファーストミートでこうへいさんが号泣する場面など、多くの視聴者の涙を誘いました。

こうへいさんはブログに「みずきの治療もひと段落し、ついにここまで辿り着くことができました」「多くの方の応援でここまで辿り着くことができました。本当にありがとうございます」「大切な友人、家族に見守られ、とても幸せな時間となりました」と綴りました。

あの絶望の余命宣告から1年4カ月で迎えた結婚式に、ファンからは「おめでとうございます」「うれしくて泣きました!」「感動しました」など祝福コメントが殺到しました。

命と向き合いながら迎えたウェディング。

ウェディングドレスをまとったみずきさんの笑顔は、本当に多くの人の心に刻まれたと思います。

2024年3月10日に挙式を挙げたこうへいさんとみずきさんは、逆境を乗り越えた夫婦として多くの人に愛されています。

こうへいのプロフィールは元保育士のYouTuber

「そもそも、こうへいさんってどんな人なの?」という方のために、プロフィールをまとめておきます。

項目内容
名前こうへい(本名非公開)
年齢36歳(2025年現在)
出身地愛知県名古屋市
学歴非公開(福祉系専門学校と見られる)
職歴元保育士 → YouTuber
チャンネル名サニージャーニー(@sunnyjourney)

名古屋生まれのこうへいさんは、もともと保育士として愛知県と沖縄県で働いていました。

保育士という職業を選んだのは「楽しかったから」が理由で、名古屋での勤務が楽しくて沖縄でも保育士を選んだほどだそうです。

また、オーストラリアに8カ月留学した経験もあり、もともと旅やアクティブな生活が好きだったことがうかがえます。

その後、西表島のリゾートバイトでみずきさんと出会い、沖縄での同棲生活中に保育士として働きながらYouTubeをスタートさせます。

2021年1月からYouTube活動を本格的に始め、軽キャンピングカーで日本一周を目指す旅系チャンネルとして人気を得ていきました。

元保育士という人を支える仕事をしてきたバックグラウンドが、病気と闘うみずきさんを傍らで支え続ける姿にも表れているのかもしれませんね。

みずきの膵臓がんステージ4と余命宣告

サニージャーニーを知るうえで欠かせない出来事が、2022年のみずきさんの膵臓がん発覚です。

2022年、日本一周の旅の途中で高知県に入ったところで、みずきさんを激しい腹痛が突然襲いました。

病院を受診して何度か検査を重ねた結果、「膵臓がん・ステージ4」という診断が下されたのです。

当時のみずきさんはまだ32歳。

医師からは「何もしなければ余命4カ月。抗がん剤治療を行った場合は長くて2年」という、あまりにも厳しい言葉を告げられました。

2人ともどれほどの衝撃を受けたか、想像するだけで胸が締め付けられます。

それでもみずきさんは旅を一時中断しながらも、YouTubeで自らの状況を発信し続けました。

不安を抱えながらも、笑顔でカメラに向かうみずきさんの姿が、多くの視聴者の心を揺さぶりました。

その後、抗がん剤治療が功を奏してがんが縮小し、2023年6月に手術が可能な状態に。

7月には難易度の高い「すい頭十二指腸切除術(膵頭十二指腸切除術)」という大手術を受け、無事に成功したことが報告されました。

膵腺房細胞がんという珍しい種類

みずきさんの膵臓がんは、「膵腺房細胞がん」という比較的珍しい種類のがんだと言われています。

膵臓がんの中でも珍しいタイプで、一般的な膵臓がんとは性質が異なる部分もあります。

難しい手術を乗り越えたみずきさんの強さには、ただただ敬服するばかりです。

再発・再手術を乗り越えた2人の現在

手術と抗がん剤治療を経て、一度は回復傾向にあったみずきさんでしたが、2024年に再び試練が訪れます。

経過観察9カ月目の定期検診で、過去にがんが見つかっていた左鎖骨部分が大きくなっていることが発覚

PET検診を受けた結果、再発が確認されました。

こうへいさんは「ステージIVのがん治療なので、正解がないような状態らしくて、どうすればいいかちょっと難しい」と語り、涙ぐみながらも現状を説明しました。

一方のみずきさんは驚くほど前向きで、「一切の自覚症状はない。落ち込んではいない」とし、「決まってしまった治療の道が目の前にあるので、その道を私自身はできる限り前と同じように楽しく穏やかな気持ちで歩いて行けたら」と言葉を続けました。

この強さには、本当に頭が下がります。

再発後、左頸部リンパ節(鎖骨付近)の切除手術を受け、こちらも無事終了。

術後の病理検査では、リンパ節のがん細胞のうち7割は抗がん剤によって死滅していたことも報告されています。

2025年の状況

2025年に入ってからも、みずきさんはこうへいさんとともにYouTube活動を継続。

体調を見ながらも前向きに発信を続けるその姿は、多くのファンに勇気を与え続けています。

なお2025年6月には、肺への転移の疑いが発覚し病理検査が行われたという報告もあります。

まだ厳しい戦いが続く中でも、2人は一緒に今を生きることを選んでいます。

再発と再手術という困難を乗り越えながらも、こうへいさんとみずきさんは2025年現在も共に前を向いて活動を続けています。

サニージャーニーのこうへいのバツ3を調べる人向けの関連情報

こうへいさんのバツ3の真相はわかったけれど、他にも気になることがある方は多いと思います。

このセクションでは、こうへいさんへの「働かない」炎上の背景、みずきさんへの詐病疑惑と診断書公開の経緯、誹謗中傷への法的措置の結果など、サニージャーニーをめぐるさまざまな話題について解説します。

こうへいが働かないと炎上した理由

サニージャーニーをめぐる炎上の中でも特に大きかったのが、「こうへいさんが働かない」という批判です。

みずきさんの膵臓がん発覚後、こうへいさんは治療費のためのクラウドファンディングを実施。

しかしその後も定職に就かず、YouTubeを本業として活動を続けたことで、ネット上で「なぜ夫が働かないのか」という声が爆発的に上がりました。

「妻の病気を使ってお金儲けしている」「視聴者のお金でヨーロッパ旅行とは」「ヒモ生活を続けるのか」といった批判コメントも相次ぎました。

こうへいさんはこれに対し、YouTubeで自ら釈明動画を投稿しています。

そこでこうへいさんはこう語りました。

「私たちは皆さまがご視聴していただいているおかげで、YouTuberというお仕事を本業とさせていただいております。個人事業主として開業届も出しております」

さらに、「少しでもみずきのそばにいて、共に時間を過ごしたいので、この生活スタイルを変えるつもりはありません」とも述べています。

これに対してネット上ではさらに批判が続き、炎上は長期化しました。

みずきさんも夫を庇うように「こうへい君は日付が変わるまでずっとパソコンでお仕事していたりとか、みなさまが思っているよりもずっとずっと忙しくしています」と発言していましたが、それが「ヒモ夫をかばっている」という声を生む一因になってしまいました。

なお、クラウドファンディングについては批判が激化したため、こうへいさんは途中で中止を決断しています。

こうへいさんの「働かない炎上」は、YouTuberとしての働き方に対する価値観の違いと、病気を抱えた妻の傍にいることへの強い意志から生じたものでした。

みずきへの詐病疑惑と診断書公開の経緯

サニージャーニーへの批判の中でも、特に深刻だったのが「みずきさんは実は病気ではないのでは?」という詐病疑惑です。

ステージ4の膵臓がんと診断されながら、旅を続け笑顔でカメラに向かうみずきさんの姿を見て、「そんなに元気なのはおかしい」「病気は噓なのでは」と疑う声が上がりました。

これに対し、こうへいさんは毅然と向き合います。

コレコレ・医師による詐病疑惑の検証と払拭

人気YouTuberのコレコレさんが、みずきさんの診断書・抗がん剤治療書類・検査報告書をZoomで直接確認。

免許証との照合も行った上で、「僕の言葉を信じるのであれば、詐病ではない」と明言しました。

さらに、現役のがん治療医である押川勝太郎医師もセカンドオピニオンとして検証に参加。

CT画像の比較や診療情報提供書の内容を確認した結果、「膵腺房細胞がんのステージ4と診断されました。これは事実」と断言しました。

2023年6月、長らく続いた詐病疑惑にこうして終止符が打たれることになりました。

こうへいさんはSNSでこう発言しています。

「無視すればいいという意見はよくわかります。しかし、必死に闘病するみずきが詐病と言われ続けてどんな気持ちか…多分想像以上です」

これはひどい話ですよね。命懸けで病気と闘っている人に「嘘をついている」と言い続けるのは、さすがに気の毒だと思いました。

みずきさんの膵臓がんは複数の医師や専門家によって事実と確認され、詐病疑惑は完全に払拭されています。

誹謗中傷への法的措置と書類送検

詐病疑惑にとどまらず、サニージャーニーへの誹謗中傷はエスカレートしていきました。

SNSや掲示板では悪質なコメントが相次ぎ、こうへいさんは2023年に法的措置を宣言。

「刑事・民事で法律にのっとって最大限罰を与えます」「示談希望されない方は賠償金と弁護士を用意してお待ちください」と強い姿勢で臨みました。

その後の経過として、匿名掲示板で誹謗中傷を続けていた人物が書類送検されたことが2024年3月に報告されています。

警察が加害者を特定したという報道もあり、ネット上での誹謗中傷の深刻さが改めて浮き彫りになりました。

損害賠償請求についても言及しており、「結構な額の請求をしてもおかしくない」とも発言しています。

闘病しながら活動を続ける中で誹謗中傷にも毅然と向き合う姿勢に、多くのファンから「強くなってほしい」「応援しています」という声が届いています。

サニージャーニーへの世間の声と今後

サニージャーニーへは批判的な声がある一方で、多くの応援コメントも寄せられています。

「勇気をもらった」「こんな夫婦になりたい」「みずきさんの笑顔に元気をもらっています」といった温かな声がSNSやYouTubeのコメント欄に並んでいます。

2024年にはノンフィクション書籍「日本一周中に彼女が余命宣告されました。~すい臓がんステージ4 カップルYouTuber 愛の闘病記~」(双葉社)を出版。

2人のリアルな闘病記録が多くの読者の共感を呼んでいます。

2024年10月にはみずきさんがライバーデビューを果たすなど、新たな活動にも挑戦。

厳しい状況の中でも前を向いて歩み続ける姿が、今も多くの人に希望を与えています。

チャンネル登録者数も増え続けており、サニージャーニーは旅系YouTuberとして、そして命と向き合う夫婦として、唯一無二の存在感を放っています。

多くの困難を乗り越えながらも前向きに発信を続けるサニージャーニーは、視聴者に勇気と感動を届け続けています。

サニージャーニーのこうへいのバツ3のまとめ

  • サニージャーニーのこうへいにバツ3の離婚歴は一切なく、噂はまったくの事実無根である
  • バツ3の噂の発端は、YouTubeの人気動画「彼女に3回目のプロポーズをした!」が誤解されて拡散されたもの
  • 3回のプロポーズはすべて同じ相手・みずきへのものであり、3度の結婚を意味しない
  • 1回目のプロポーズは宮古島で行われ、婚約指輪まで用意したもののみずきに断られた
  • みずきはプロポーズを断りながらも婚約指輪は受け取り、5年間大切に保管し続けた
  • 2回目のプロポーズは沖縄での同棲生活1年後に行われ、再び断られた
  • 3回目のプロポーズはこうへい自身の誕生日に行われ、5年越しでOKを得た
  • こうへいは愛知県名古屋市出身の元保育士で、現在はYouTuberとして活動中
  • みずきは2022年11月に膵臓がんステージ4と診断され、余命2年の宣告を受けた
  • みずきの膵臓がんはコレコレや現役医師の検証により詐病ではないことが事実確認された
  • 2023年7月に難易度の高いすい頭十二指腸切除術を受け成功した
  • 2024年に膵臓がんが再発したが再手術を受け、現在も治療を継続中
  • 2024年3月10日に念願の結婚式を挙げ、多くのファンから祝福された
  • こうへいが働かないことへの炎上があったが、YouTuberとして個人事業主として活動している
  • 誹謗中傷への法的措置を講じ、書類送検に至るケースも報告されている

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