黒澤明監督の『赤ひげ』で、おとよという少女を演じた子役がいました。二木てるみさんです。
あの演技は16歳。ブルーリボン助演女優賞を史上最年少で受け取った年でした。
それから60年。テレビの画面で見かける機会はめっきり減りましたが、二木さんは今も人前に立ち続けています。ただし、立っている場所が変わりました。
・二木てるみさんの現在の活動と、今の姿の画像が見られる場所
・テレビで見かけなくなった理由と、活動の場が移った先
・3歳の映画界入りから『赤ひげ』受賞、声優時代までの歩み
二木てるみの現在|画像で確認できる今の活動
2000年を境に、二木さんの仕事の軸は大きく動いています。映像から離れたわけではなく、別の表現に重心を移した、という言い方のほうが近いようです。
現在の軸は「語り」|朗読をライフワークにしている
二木さんは2000年から、役者としての原点である「語り」をライフワークに掲げています。所属事務所サンプロモーションのプロフィールでも、大小さまざまなステージで、分野の異なるアーティストと共演を続けていると紹介されています。
朗読はテレビの露出につながりにくい表現です。会場に足を運んだ人だけが受け取る。それでも20年以上続けているところに、この人の選択がはっきり出ています。
音楽との共演ステージ|仙台クラシックフェスティバルへの出演
朗読活動の具体例として分かりやすいのが、仙台クラシックフェスティバル(せんくら)への出演です。
2023年の公演では、アルパ奏者でメゾソプラノの池山由香さんと組み、髙樹のぶ子さんの短編集『ほとほと 歳時記ものがたり』から「虫時雨」を朗読しました。秋の虫になったふたりの愛の物語を、音楽と声だけで立ち上げる45分間です。2019年にも同フェスティバルに出演しています。
楽器と声を並べる構成は、朗読を「本を読む行為」から「音楽の一部」へ寄せる作りになっています。二木さんが続けてきたのは、こういう舞台でした。
朗読の指導者としての顔|立教女学院短期大学の客員教授
読む側だけではありません。二木さんは立教女学院短期大学の客員教授を務め、複数の機関で朗読講師も担当してきました。
3歳から現場に立ち続けた人が、その技術を言葉にして次へ渡す立場になっている。子役出身の俳優が歩む道としては、かなり珍しい部類です。
現在の画像はどこで見られる?
「二木てるみ 現在 画像」で調べる人が知りたいのは、今どんな姿なのか、という一点でしょう。確認しやすいのは次のような場所です。
| 確認できる場所 | どんな画像か |
|---|---|
| オリコン・WEBザテレビジョンなどのタレント名鑑 | 事務所提供の近年のプロフィール写真 |
| 映画.com・allcinemaの人物ページ | プロフィール写真と出演作の場面 |
| せんくら(仙台クラシックフェスティバル)公式サイト | 朗読公演の出演者として掲載された近影 |
| 朗読公演・イベントの告知ページ | 公演ごとに差し替えられる最新に近い写真 |
ポイントは、テレビ系のサイトより公演の告知ページのほうが新しい写真が載りやすいことです。舞台が主戦場になっているぶん、更新のきっかけが公演側にあるためです。
テレビで見かけなくなった理由
引退や活動休止をしたわけではありません。所属はサンプロモーションのまま、俳優として在籍しています。
見かけなくなった理由は、単純に出演の重心が移ったからです。2000年代に入ってからのテレビ出演は、NHK大河ドラマ『義経』(2005年)や連続テレビ小説『どんど晴れ』(2007年)といった作品が知られていますが、本数としては多くありません。その一方で朗読の舞台は継続的に組まれてきました。
露出が減ったのではなく、露出しない場所を選んだ、という順番です。
著書『あなたを見ていると、子供の頃を思い出します』
2003年には著書『あなたを見ていると、子供の頃を思い出します』を出しています。子役として過ごした時間を、大人になった本人の言葉で振り返る内容です。
語ることと書くこと。二木さんの現在は、この2つに寄っています。
二木てるみの若い頃|3歳の映画界入りから『赤ひげ』まで
現在の落ち着いた活動からは想像しにくいほど、子役時代の二木さんは日本映画の中心にいました。共演した監督の名前を並べるだけで、その位置がわかります。
プロフィール|1949年生まれ、東京都世田谷区出身
| 本名 | 二木輝美(にき てるみ) |
|---|---|
| 生年月日 | 1949年5月11日 |
| 出身地 | 東京都世田谷区 |
| 所属 | サンプロモーション |
| デビュー | 1955年『警察日記』 |
3歳で劇団若草に入団|きっかけは『七人の侍』
1953年、二木さんは劇団若草に入団します。まだ3歳でした。
翌1954年には黒澤明監督『七人の侍』に参加。これが映画界に入るきっかけになりました。日本映画がもっとも熱を持っていた時期の、その現場からのスタートです。
1955年『警察日記』で本格デビュー|捨て子役が注目される
本格的なデビュー作となったのが、久松静児監督の『警察日記』です。二木さんが演じたのは捨て子役でした。
この作品をきっかけに、子役として次々と出演作が続いていきます。当時の子役は「かわいさ」で起用されることが多かった中、二木さんは境遇を背負った役を任される子でした。
1965年『赤ひげ』おとよ役|16歳で史上最年少のブルーリボン賞
代表作は、やはり1965年の『赤ひげ』です。
二木さんが演じたおとよは、心を閉ざした少女。第16回ブルーリボン賞助演女優賞を受賞し、16歳という年齢は当時の史上最年少でした。
子役から大人の俳優へ移る時期に、その両方の顔で評価される。多くの子役がつまずく地点を、この作品で越えています。
声優としての二木てるみ|『ラ・セーヌの星』シモーヌ役
1970年代には、声優としても第一線に立ちました。
| 作品 | 役 |
|---|---|
| 『ラ・セーヌの星』(1975年) | 主人公・シモーヌ |
| 『ゴワッパー5 ゴーダム』(1976年) | 主人公・岬洋子 |
| 『がんばれ!!タブチくん!!』 | ミヨコ夫人 |
| 『ルパン三世』 | ゲスト出演 |
主人公を任される立場です。声だけで役を立ち上げる仕事をこの時期に重ねていたことは、後の朗読活動と地続きに見えます。
結婚と家族|元夫は俳優の岩崎信忠
私生活では、俳優の岩崎信忠さんと結婚しています。1973年ごろのこととされ、その後離婚しました。
子どもについては、一女がいたとする情報、複数いたとする情報などが混在しており、確かなことは公表されていません。二木さん自身がプライベートをほとんど語らないためです。ここは断定できる材料がありません。
まとめ|二木てるみの現在
最後に整理します。
- 現在は朗読(語り)をライフワークとし、舞台での活動を続けている
- 立教女学院短期大学の客員教授を務め、朗読の指導者としての顔も持つ
- 所属はサンプロモーション。引退はしておらず、俳優として在籍している
- 今の姿の画像は、公演の告知ページやタレント名鑑のプロフィール写真で確認できる
- 1954年『七人の侍』で映画界入り、1965年『赤ひげ』で16歳・史上最年少のブルーリボン助演女優賞
- 1970年代は『ラ・セーヌの星』などで主人公を演じる声優としても活躍
テレビから消えた人ではなく、テレビ以外の場所を選んだ人。二木てるみさんの現在は、そう言い換えるのがいちばん正確です。

