HYのキーボード・ボーカルとして活躍する仲宗根泉さんが、2020年に離婚していたことをご存じでしょうか。
中学生だった元旦那と5年越しの約束を経て結ばれたロマンチックな馴れ初めを知ると、離婚の経緯がさらに切なく感じられます。
この記事では、仲宗根泉さんの離婚理由から元旦那・伊波広貴さんとの結婚エピソード、シングルマザーとしての現在まで詳しくお伝えします。
・仲宗根泉の離婚理由と元旦那・伊波広貴との馴れ初め
・第2子の死産や父の死など離婚前後の苦難の経緯
・再婚の可能性やシングルマザーとしての現在の暮らし
仲宗根泉の離婚の経緯と元旦那・伊波広貴との結婚生活
HYの仲宗根泉さんは2020年に離婚を公表し、大きな話題になりました。
ここでは、元旦那・伊波広貴さんとの出会いから結婚、離婚に至るまでの経緯を詳しくお伝えします。
元旦那・伊波広貴のプロフィールと馴れ初め
仲宗根泉さんの元旦那は、伊波広貴(いなみ・ひろたか)さんという一般男性です。
仲宗根泉さんより5歳年下で、結婚した2012年当時は仲宗根さんが28歳、広貴さんが23歳でした。
一般人ではあるものの、過去にテレビ出演をしたこともあり、「爽やかイケメン」とファンの間で話題になったことがあります。
2人の出会いはなんと、仲宗根泉さんが20歳、広貴さんがまだ15歳の中学生だった頃にさかのぼります。
仲宗根さんの友人が中学校の教育実習をしていて、その実習先の生徒たちとの食事会に仲宗根さんも参加したんですね。
そのとき食事会の場にいたのが、伊波広貴さんでした。
仲宗根泉さんは広貴さんに出会った瞬間、「将来この人と結婚するかも」と直感したそうです。
……なんか、もうドラマみたいじゃないですか。
ただ、当時は年齢差もあり、さすがに交際には踏み切れなかったとのこと。
そこで仲宗根さんは広貴さんにこう伝えたそうです。
「あなたのことは好きだけど、やっぱり今は付き合えない。でもあなたが20歳になったときに、まだお互い気持ちが変わっていなかったらそのときに」
この約束を、広貴さんは5年間しっかり覚えていたんです。
元旦那の職業について
伊波広貴さんの職業については、佐川急便に勤務しているという噂があります。
ただし、これは一部のネット上の情報であり、ご本人からの公式な発表はありません。
あくまでも一般人の方なので、詳しい勤務先については非公開のままです。
5年越しの約束を実らせた感動のプロポーズ
広貴さんが20歳になったとき、約束通り仲宗根泉さんに連絡をくれたそうです。
そのとき広貴さんが伝えた言葉が、もう本当に素敵なんですよ。
「あの時の約束を覚えている?俺が結婚するのは今もあなただと思っている」
……じんわりしますよね。
15歳だった少年が5年後に大人になって、約束を忘れずに告白してくれたわけです。
ただ、すぐに交際が始まったわけではなく、その後2年ほどかけて沖縄で再会し、交際に発展。
そして2012年に正式に結婚しました。
仲宗根泉さんは「好き!好き!」と相手にストレートに気持ちを伝えるタイプだそうで、世間では「神テク結婚」なんて言われていたこともあります。
出会いから結婚まで約7年。
時間をかけてゆっくり育んだ2人の関係は、まさに運命的な恋だったと言えます。
「song for…」は馴れ初めを描いた曲?
HYの楽曲「song for…」は、仲宗根泉さんと広貴さんとの馴れ初めを元に書かれた曲だと言われています。
歌詞の内容を知っている方なら、2人のエピソードと重なる部分が多いと感じるかもしれませんね。
公式に「この曲は旦那のことです」と明言されたわけではありませんが、ファンの間では広く知られている話です。
離婚理由は生活リズムのすれ違い
あんなにロマンチックな結婚だっただけに、離婚のニュースには驚いた方も多かったのではないでしょうか。
仲宗根泉さんは2020年10月にYouTubeチャンネルのお悩み相談動画の中で「私、離婚したんですよ」と発言し、離婚していたことを明らかにしました。
具体的な離婚理由について、仲宗根泉さんはCHANTO WEBのインタビューでこう語っています。
離婚前は、ツアーから帰ってきて家が片付いていないと、疲れていても夜中に片付けをして朝起きて仕事に行くことがよくあったそうです。
家事を強制されていたわけではないけれど、きれい好きな性格だからどうしても目に入ると気になってしまうんですね。
「疲れて帰ってきて、なんで私がやるの」とケンカになってしまって、久しぶりに会うのに険悪ムードになっていたとのことです。
これ、なんか分かりませんか。
HYの活動ではツアーで長期間家を空けることも多く、帰ってきたときのギャップが大きかったのでしょう。
離婚の背景には、ミュージシャンとしての活動と家庭生活のリズムのすれ違いが積み重なったことがあったようです。
浮気や不倫といった決定的な原因があったわけではなく、日常の小さなストレスの蓄積だったというのが、かえってリアルな話ですよね。
離婚後も良好な関係を続ける元夫婦の現在
仲宗根泉さんの離婚で印象的なのは、離婚後の元夫婦の関係がとても良いということです。
仲宗根さん自身も「私たちはうまくいったほうの離婚」と表現しています。
今でも元夫の誕生日や娘の誕生日には3人でお祝いをしていて、連絡も普通に取り合っているそうです。
仲宗根さんは「元夫とは、離婚して距離を取った今のほうが仲がいいです」と語っています。
「シングルマザーは大変というイメージが世間にはあると思うんですが、そうじゃないケースがあるということも知ってもらいたい」という言葉には、仲宗根さんらしい前向きな姿勢を感じます。
離婚後は帰ってきても部屋が思い通りのままで、「これだけでもだいぶストレスが減りました」と笑って話していたのが印象的です。
円満離婚を経て、元夫婦としても娘の親としても良好な関係を築いている仲宗根泉さんの姿は、多くの人の励みになっているのではないでしょうか。
第2子の死産と父親の死が重なった苦難の年
仲宗根泉さんの人生には、離婚以前にも非常につらい出来事がありました。
2017年に第2子を妊娠するも、妊娠6か月で息子を死産しています。
お腹の中にいた息子には先天性の臓器異常があることが判明し、医師からは「産まれたらすぐに亡くなってしまうし、このまま産まずにいたら母体が危なくなる」と告げられたそうです。
仲宗根泉さんは子どもの命を諦めきれず、当時の夫・広貴さんと一緒に日本中の医師を訪ね回ったとのこと。
……正直、読んでいて胸が痛くなりました。
死産後、仲宗根さんは「自分が殺したように感じた」というほど深い傷を負い、周囲の悪気のない言葉もトラウマになったと語っています。
さらに、同じ年に父親も亡くなるという不幸が重なりました。
父親が亡くなった日は、仲宗根さんはツアー中でしたが、大きな台風の影響でライブが延期になり、沖縄に帰ることができたそうです。
亡くなる日の朝、仲宗根さんは父親と電話で話していました。
「ちょっと苦しいな」と言う父に対して、「だからお医者さんからお酒は飲むなって言われてるでしょ」といつも通りの会話をしたとのことです。
2時間後に再び電話がかかってきたものの、父はあまり喋らなかったそうです。
飛行機が沖縄に到着した瞬間、LINEや電話がたくさん届いていて、父の死を知ったと語っています。
仲宗根さんは当時を振り返り、「神様、私、何か悪いことしましたか?」と思うくらい不幸が続いたと話しています。
コロナ禍で4年越しの悲しみと向き合う
息子の死産と父の死を経験した仲宗根さんですが、当時は母親のケアを優先し、自分自身の悲しみには蓋をしていたそうです。
しかし、コロナ禍で活動がストップし、時間ができたことで、4年越しの悲しみに襲われたとのこと。
「悲しみは先延ばしにしても消えない」という言葉は、仲宗根さんが身をもって感じた真実なのでしょう。
息子の死産、父の死、そして離婚と、短期間に多くの喪失を経験しながらも、娘のために前を向き続けた仲宗根泉さんの強さが伝わってきます。
仲宗根泉の離婚を調べる人向けの関連情報
仲宗根泉さんの離婚について調べている方は、再婚や娘の子育て、現在の活動も気になりますよね。
ここでは関連する情報をまとめてお伝えします。
再婚の予定はなし?娘との約束が理由
仲宗根泉さんは現在のところ、再婚する予定はないと明言しています。
本人も「今さら誰かと暮らすなんて現実的じゃない」とはっきり発言しています。
女友達と自由に過ごす今の生活がとても楽しいとのことです。
また、娘さんが仲宗根さんにも元夫にも「彼氏、彼女は作らないで」と頼んでいるそうです。
仲宗根さんは「現状どちらも相手がいないので、娘が言うようにこのままでいいかなとも思っている」と話しています。
親友もシングルマザーで、一緒に泊まりに行ったりと自由な時間を楽しめていることも、再婚を急がない理由の一つかもしれませんね。
娘あかねの子育てと母親との暮らし
仲宗根泉さんには2012年11月2日生まれの長女・あかねちゃんがいます。
現在は仲宗根さんの母親と娘との3人暮らしです。
父親が亡くなってからは母親と一緒に住んでいて、お互いに支え合いながら生活しているようです。
仲宗根さんの小さいころからの親友の子どもと、あかねちゃんは1歳差で、ほとんどきょうだいのように一緒に過ごしているそうです。
親友もシングルマザーで境遇が同じということもあり、家族ぐるみのつながりが深いことがうかがえます。
シングルマザーとして前向きに生きる今
仲宗根泉さんは「自分がひとり親と感じることはない」と話しています。
母親のサポート、親友との絆、元夫との良好な関係など、周囲の支えがしっかりあるからこそ言えることなのでしょう。
離婚後はプライベートの楽しみが増えたと語っています。
女友達で集まっていても「夫がいるからそろそろ」と気にする必要がなくなり、そのまま泊まることもできるようになったとのこと。
「シングルマザーは大変というイメージが世間にはあると思うんですが、そうじゃないケースがあるということも知ってもらいたいですね」という言葉は、同じ境遇の方にとって心強いメッセージではないでしょうか。
仲宗根泉さんは離婚を「人生の終わり」ではなく「新しいスタート」として前向きに捉え、充実した日々を送っています。
いとこの平川美香との絆
仲宗根泉さんには歌手として活躍するいとこの平川美香さんがいます。
2人は母親同士が姉妹という関係で、同級生でもあります。
中学時代はバスケットボール部で一緒に活動し、「Kiroro」に憧れてユニット「first」を結成するなど、音楽活動のスタートも一緒でした。
平川美香さんは現在ソロ歌手として活動しており、「平川のおじさん」というユニークなキャラクターでも知られています。
仲宗根泉さんのファンから「ずっと会いたかったんです」と間違えられたエピソードもあるくらい、2人は顔も雰囲気もよく似ているそうです。
いとこであり、同級生であり、音楽仲間でもある2人の絆は、今も変わらず続いています。
HYの活動やYouTubeでの現在の姿
仲宗根泉さんは離婚後もHYのメンバーとして精力的に音楽活動を続けています。
HYは2000年に沖縄県立与勝高等学校の同級生で結成されたバンドで、2003年にリリースしたアルバム「Street Story」がオリコン4週連続1位を記録するなど、インディーズバンドとしては異例の大ヒットを飛ばしました。
仲宗根泉さんはバンドでキーボードとボーカルを担当し、「いーず(Izu)」の愛称で親しまれています。
また、YouTubeチャンネルも人気で、お悩み相談などのコンテンツを配信しています。
離婚を公表したのも、このYouTubeでのお悩み相談動画がきっかけでした。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | 仲宗根泉(なかそね・いずみ) |
| 生年月日 | 1983年11月1日 |
| 出身地 | 沖縄県うるま市 |
| 所属バンド | HY(キーボード・ボーカル) |
| 愛称 | いーず(Izu) |
| 出身高校 | 沖縄県立与勝高等学校 |
| 結婚 | 2012年 |
| 離婚 | 2020年公表 |
プライベートでは離婚やつらい経験を乗り越えながらも、アーティストとして、母として、力強く歩み続けている仲宗根泉さんの今後にも注目です。
仲宗根泉の離婚のまとめ
- HYの仲宗根泉は2012年に一般男性・伊波広貴と結婚した
- 元旦那は5歳年下で、テレビ出演経験もある爽やかイケメンと評判だった
- 2人の出会いは仲宗根泉が20歳、広貴が中学生の15歳のとき
- 友人の教育実習先の食事会で出会い、仲宗根は「将来結婚するかも」と直感した
- 「20歳になったら付き合おう」という約束を5年後に広貴が果たした
- 2012年11月2日に長女・あかねが誕生している
- 2017年に妊娠6か月で第2子を死産、先天性の臓器異常が原因だった
- 同年に父親も亡くなり、不幸が立て続けに重なった
- 2020年10月にYouTubeのお悩み相談動画内で離婚を公表した
- 離婚理由はツアーと家庭生活のすれ違いや家事を巡るストレスの蓄積
- 離婚後も元夫とは良好な関係で、誕生日は3人でお祝いしている
- 仲宗根泉は「うまくいったほうの離婚」と表現している
- 現在は再婚の予定なし、娘から「彼氏を作らないで」と言われている
- 母親・娘との3人暮らしで、親友のシングルマザーとも家族ぐるみで支え合っている
- HYとしての音楽活動やYouTubeチャンネルで精力的に活動を継続中