林明男がすごすぎる!小林幸子の夫の正体はiPS細胞研究を支援した再生医療社長だった

林明男がすごすぎる!小林幸子の夫の正体はiPS細胞研究を支援した再生医療社長だった

記事内に広告を含みます

演歌の女王・小林幸子さんの夫として名前を知られる林明男さんですが、その実像はご存知ですか?

1961年生まれの浅草っ子で、再生医療ベンチャー「TESホールディングス」を一から立ち上げた凄腕実業家なんです。

実は2017年には世界的に注目されたiPS細胞による腎臓再生研究を支援していたと聞いたとき、「知らなかった!」と思いませんでしたか。

この記事を読むとわかること
・林明男さんのプロフィール・経歴とTESホールディングスの事業内容
・小林幸子との出会い・馴れ初め・略奪婚疑惑の真相
・離婚歴・子供・カジノオーストリア長崎IR関与など気になる話題

林明男のプロフィール・経歴と小林幸子との馴れ初め

林明男さんといえば、演歌の女王・小林幸子さんの夫として有名ですよね。

ただの「芸能人の夫」ではなく、再生医療の最前線で活躍するビジネスマンでもある、実はかなりすごい方なんです。

基本プロフィールと出身・学歴

林明男さんは1961年生まれ、東京・浅草出身の実業家です。

小林幸子さんが1953年12月生まれなので、2人は8歳差。林さんの方が年下というのが意外に思われる方も多いのでは? なかなかギャップがありますよね。

最終学歴は土浦日本大学高等学校(茨城県土浦市)卒業とされています。

地元の浅草から茨城の高校に通っていたのはちょっと珍しい経歴ですよね。

高校卒業後の大学進学については公式な情報が確認されておらず、一部では「東京大学出身では?」という憶測もあります。これはTESホールディングスの本社が東大本郷キャンパス内にあることから来た推測で、実際のところは不明です。

高校卒業後は日産自動車の子会社にサラリーマンとして就職。エリートコースというよりは、地道にビジネスを学んでいったタイプの方のようです。

その後退社し、2002年4月に株式会社TESホールディングスを設立、代表取締役社長に就任します。

知名度は低くても、一から会社を立ち上げて世界規模の研究を支援するまでに成長させた……正直、すごいと思います。

TESホールディングス創業と再生医療の仕事

林明男さんが代表取締役を務めるTESホールディングスは、再生医療の研究開発・事業化を専門とするベンチャー企業です。

設立は2002年4月4日。本社は東京都台東区で、東京大学本郷キャンパス内に拠点を置いています。資本金は7,500万円、社員数は約15人とコンパクトな組織ながら、事業内容はかなり専門性が高いです。

会社の主力事業は、骨髄由来幹細胞を活用した治療法の実用化です。

TE-BONE・TE-SKINの実績と骨再生診療科

TESホールディングスが手がける代表的な治療法が「TE-BONE(骨再生療法)」と「TE-SKIN(皮膚再生療法)」の2つです。

TE-BONEは骨髄由来の幹細胞を使って骨を再生する最先端技術。東京大学と共同で日本初の「骨再生診療科」を開設した実績もあり、この分野では国内トップクラスの存在感を持っています。

TE-SKINは皮膚再生医療の分野での治療法で、こちらも実用化に成功しています。

社員数15人という規模からは想像しにくいですが、その専門性と研究水準は国際的に評価されているんです。

世界が注目したiPS細胞研究への支援

林明男さんとTESホールディングスが一躍世界から注目されたきっかけが、2017年11月のiPS細胞による腎臓再生の成功です。

東京慈恵会医科大学の横尾隆教授グループが、iPS細胞を使って尿を産生する機能を持つ腎臓組織の再生に成功しました。

この研究成果はイギリスの権威ある科学誌に掲載され、世界規模で話題になりました。

林さんはこの研究を資金面・事業面でサポートしていたとされています。「小林幸子の夫」として叩かれ続けていた時期に、実はこれだけのビジネスをやっていたとは……。小林幸子さんが「夫の本当の姿を世間は知らない」と語っていた言葉の意味が、この実績を見るとよくわかりますよね。

年収と会社の規模

林明男さんの年収については公式な発表はありませんが、TESホールディングスの年商は約3億円とされています。

代表取締役社長という立場、年商3億円規模の企業のトップということを考えると、年収は少なくとも数千万円規模と推測するのが自然でしょう。ただし、これはあくまで一般的な目安です。

またTESホールディングスのほか、後述するカジノ・オーストリア・インターナショナル・ジャパンの代表も兼任しているため、複数の事業から収入を得ている可能性も高いです。

社員15人、年商3億円というのは、一般的な中小企業の規模感ですが、医療・IR・再生医療と複数の最先端事業を走らせているという点では、スケールは数字以上のものがあります。

小林幸子との出会いと馴れ初め

林明男さんと小林幸子さんの出会いは、2005年に行われた倍賞千恵子さんとの食事会だったと言われています。

倍賞千恵子さんといえば「男はつらいよ」の初代リリーでもおなじみの国民的女優。そのような場でのご縁というのも、なんとも素敵ですよね。

食事会で初めて顔を合わせた林さんは、わずか2週間後に小林幸子さんへプロポーズ。「幸子さんの人生を背負わせてください」という言葉だったとされています。

知り合って2週間でこの言葉、なかなかのインパクトですよね。

小林幸子さんも最初は戸惑ったのでは? と想像してしまいますが、2011年11月15日に2人は正式に結婚しました。出会いから約6年越しの結婚です。

結婚に至るまでの経緯と略奪婚疑惑

林明男さんと小林幸子さんの結婚は、発表直後から「略奪婚では?」という疑惑が浮上しました。

小林幸子さんは「出会いは2005年11月15日、2週間後にプロポーズされた」と語っています。一方で、林さんが直近の離婚を成立させたのは2004年2月。出会いの年(2005年)には既に独身だったという計算になります。

ところが、林さんの前妻がメディアの取材に対して、「自分が林と結婚していた時期に、小林幸子さんと一緒に飲んだと夫から聞いた」と証言しました。

もしその証言が事実なら、2人が「初めて会った」のは2005年以前ということになります。

前妻の証言

NEWSポストセブンの報道(2011年9月)によると、林さんの前妻(当時46歳)は、「2005年11月15日に初めて会ったという小林幸子の話は違うと思う」と証言しています。

林さんは「2004年2月に離婚が成立した」としているため、少なくとも法律上は問題のない関係ですが、前妻の証言が事実であれば、出会いの時期については矛盾が生じます。

結婚発表から1週間後にこの報道が出たことで、世間の関心は一気に高まり、「略奪婚」という言葉がセットで使われるようになりました。

林明男さんと小林幸子さんが実際にいつから関係を持っていたのかは現在も明確になっておらず、「略奪婚」の疑惑は確定事実ではありません。

事務所解任騒動への関与

2011年の結婚からおよそ半年後の2012年4月、小林幸子さんの個人事務所「幸子プロモーション」で大きな騒動が起きました。

なんと、33年間小林幸子さんを支え続けてきた女性社長と専務が解任されたのです。

この騒動の背景に林明男さんの存在があったと複数のメディアが報じています。2011年の結婚後から林さんが事務所の経営に口を出すようになり、特に「紅白衣装費(約1億円)を自分ならもっと安くできる」と発言したことが事務所との軋轢の発端になったとされています。

この一件は芸能界に大きな波紋を呼びました。バーニングプロダクションの周防郁雄社長が解任された社長・専務の味方についたとも報じられ、2011年まで連続出場していたNHK紅白歌合戦にも2012年から出場できなくなりました。

マスコミから激しいバッシングを受け続けた小林幸子さんでしたが、2015年には約4年ぶりに紅白歌合戦に特別枠で復帰を果たしています。

林明男を調べる人向けの関連情報

林明男さんについては、夫としての顔以外にも気になる情報がいくつかあります。

ここでは離婚歴・子供・馬主としての顔・カジノ事業など、関連する情報をまとめてご紹介します。

離婚歴は2回?前妻との間に子供はいる?

林明男さんの離婚歴については、2回の離婚経験があると伝えられています(※情報は限られており確定情報ではありません)。

2回目の離婚(直近の離婚)は2004年2月に成立。その後、2005年に小林幸子さんと出会い、2011年に結婚という流れです。

子供については、前妻との間にそれぞれ1人ずついるとも言われています(※単独ソース)。ただしこれらのお子さんについての詳細な情報は公表されておらず、プライバシーに配慮した形になっています。

小林幸子さんとの間には子供はいません。小林さんは2011年に結婚した当時既に57歳でしたので、自然なことと言えます。

馬主としての顔

林明男さんは競馬の馬主としての顔も持っているという情報もあります(※単独ソース)。

再生医療の会社社長・IR事業・馬主と、ビジネスマンとしての活動の幅は非常に広いですよね。ただし、具体的な所有馬や競馬への関与については詳細が公表されておらず、確認できる情報は限られています。

カジノオーストリア代表と長崎IRへの関与

実は林明男さんは、TESホールディングスだけでなく、カジノ・オーストリア・インターナショナル・ジャパン(CAIJ)の代表取締役も兼任しています。

カジノ・オーストリアはオーストリアを拠点とする国営カジノオペレーターで、ヨーロッパを中心にカジノ・ゲーミング施設を運営する世界的な企業です。

その日本法人の代表として林さんが就任しています。

2021年8月、長崎県のハウステンボス敷地内に統合型リゾート(IR)を整備・運営する事業者として、CAIJが選定されました。

長崎新聞のインタビューでは、林明男さんが「地元調達100%を目指す」とコメント。地域貢献への姿勢をアピールしていました。カジノ・オーストリアは郊外・地方に特化したカジノオペレーターとしての実績があり、長崎という地域の特性にも合致すると評価されての選定でした。

ただし、長崎IRについては出資金の調達難などが課題として浮上しており、事業の行方は不透明な部分もあります。

夫婦への世間の声

結婚当初は略奪婚疑惑や事務所解任騒動で批判が多かった2人ですが、時間の経過とともに世間の見方も変化してきました。

特にTESホールディングスが支援したiPS細胞研究が世界的な成果を上げ、2017年に報じられて以降、「林明男さんは実はすごい人だったんだ」という見直しの声も増えています。

時期 世間の主な反応
2011年〜2012年 略奪婚疑惑・事務所解任騒動でバッシング集中
2012年〜2014年 紅白落選と合わせて「小林幸子がかわいそう」という声も
2015年〜 紅白復帰・本人のYouTube活動で評判が回復傾向
2017年以降 iPS細胞研究の成果報道で「林明男さんはすごい経営者」と再評価

2021年11月15日には結婚10周年を迎え、親交のある夏木マリさんがプロデュースした記念式典を開催。結婚当時は多忙で挙式ができなかったため、10年越しのお祝いとなりました。

小林幸子さんは「一緒にいると楽しい、支えてもらっている」と夫への感謝を度々語っています。かつての批判の嵐を越えた2人の関係は、今では穏やかに続いているようです。

略奪婚疑惑・事務所解任騒動という2つの逆風を夫婦で乗り越え、再生医療の実績と長崎IRという2大プロジェクトで再評価された林明男さんは、小林幸子さんにとってかけがえのないパートナーであることは間違いありません。

林明男のまとめ

  • 1961年生まれ、東京・浅草出身の実業家
  • 最終学歴は土浦日本大学高校卒業
  • 高校卒業後に日産自動車子会社でサラリーマンを経験
  • 2002年にTESホールディングスを設立し代表取締役社長に就任
  • TESホールディングスは再生医療・骨再生・皮膚再生を専門とするベンチャー企業
  • 東京大学本郷キャンパス内に本社を置く
  • 年商は約3億円、社員数は約15人
  • 日本初の「骨再生診療科」を東大と共同で開設した実績を持つ
  • 2017年、iPS細胞による腎臓再生研究を支援し世界的に注目される
  • 離婚歴は2回とされており、前妻との間にそれぞれ子供が1人いるとも言われている
  • 小林幸子と8歳差(林が年下)
  • 2005年に倍賞千恵子との食事会で小林幸子と出会う
  • 出会いから2週間でプロポーズ「幸子さんの人生を背負わせてください」
  • 2011年11月15日に小林幸子と結婚
  • 小林幸子との間に子供はいない
  • 結婚後に事務所経営に関与し、2012年に事務所社長・専務の解任騒動に関わったとされる
  • 紅白落選・マスコミバッシングという苦境を小林幸子と共に乗り越えた
  • カジノ・オーストリア・インターナショナル・ジャパン(CAIJ)の代表取締役も兼任
  • 2021年8月、長崎IR事業者にCAIJが選定された
  • 馬主としての顔も持つとされる

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)