「花街の母」という曲名を聞いて、あの独特の節回しがすぐ頭に浮かぶ方も多いのではないでしょうか。
1970年代の終わりから1980年代にかけて、金田たつえさんはテレビの歌番組で当たり前のように見かける存在でした。ところが、いつの間にか画面で名前を見なくなっています。
金田たつえさんの現在を調べてみると、引退したわけでも表舞台から消えたわけでもありませんでした。むしろ、活動の場がテレビとは別のところへ移っていたというのが実際のところです。
・金田たつえさんの現在の所属と近年のリリース状況
・テレビで見かけなくなった理由と今も続けている活動
・「花街の母」が250万枚に届くまでにたどった異例の経緯
金田たつえの現在は日本コロムビア所属の現役演歌歌手
結論からいえば、金田たつえさんは現在も歌手を辞めていません。デビューから半世紀以上が過ぎた今も、レコード会社に所属して新譜を出し続けています。
ここからは、確認できる範囲で現在の活動を具体的に見ていきます。
現在も日本コロムビアに所属して活動している
金田たつえさんは1968年に日本コロムビアの専属となり、現在もそのまま同社の所属アーティストとして扱われています。
日本コロムビアの公式サイトには金田たつえさんのアーティストページが用意されており、プロフィールとディスコグラフィが公開されています。所属が切れた歌手のページが残ることは通常ないため、現役であることの分かりやすい裏づけといえます。
1968年からの所属が続いているとすれば、実に半世紀を超える関係です。演歌の世界でも、これだけ長く同じレコード会社に在籍し続けている歌手はそう多くありません。
直近のリリースは2023年発売の「金田たつえ全曲集 2024」
日本コロムビアのディスコグラフィで確認できる近年のリリースは、2023年10月18日発売のアルバム『金田たつえ全曲集 2024』です。
翌年の年号を冠した全曲集は、演歌の世界では毎年の恒例企画として出されるもので、店頭に並べ続けるだけの需要があるアーティストにしか作られません。
つまり金田たつえさんは、話題性で売るのではなく、決まった数を買い続けるファン層を今も抱えているということです。
2021年から2022年にかけて3枚のシングルを発表している
アルバムだけでなく、新曲もコンスタントに発表されています。
・2021年4月21日「おんなの三叉路」
・2021年10月20日「おけさ情話」
・2022年4月20日「故郷のれん/よさこい演歌」
2022年11月23日には『金田たつえ全曲集 故郷のれん』も発売されており、70代に入ってからも半年に1枚のペースで新譜を出していたことになります。
「おんなの三叉路」は道ならぬ恋を歌った作品として音楽メディアでも取り上げられました。往年のヒット曲を歌うだけの活動ではない、という点は押さえておきたいところです。
年末の『年忘れにっぽんの歌』には出演を続けている
テレビでまったく見かけないかというと、そうでもありません。
金田たつえさんは大晦日恒例の音楽番組『年忘れにっぽんの歌』に出演を重ねてきました。演歌・歌謡曲の歌手が一堂に会する長時間番組で、実績のある歌手が毎年顔を並べる場です。
普段のバラエティ番組やワイドショーには出ないけれど、歌の番組にはきちんといる。これが現在の金田たつえさんの立ち位置をよく表しています。
2009年から車椅子寄贈のチャリティーコンサートを続けている
歌手活動と並行して、社会貢献の活動も長く続けてきました。
日本コロムビアのプロフィールによれば、2009年から車椅子を寄贈するためのチャリティーコンサートを継続しているとされています。
一度きりのイベントではなく毎年重ねてきた取り組みで、こうした地域に根ざした公演がテレビの外での活動の中心になっている形です。
とかち観光大使として北海道のPRも担っている
金田たつえさんは北海道砂川市の出身で、地元とのつながりも保ち続けています。
北海道の十勝地方の観光をPRする「とかち観光大使」を務めており、新曲の発表時には十勝毎日新聞社の東京支社を訪ねてPR活動を行ったことも報じられました。
出身地の砂川市は十勝ではなく空知地方ですが、道内各地との縁が今も続いていることがうかがえます。
2026年8月時点の年齢は78歳
金田たつえさんは1948年4月12日生まれで、2026年8月時点の年齢は78歳です。本名は梶原たつえさん、身長は168cmと公表されています。
1969年のデビューから数えると、歌手歴は50年をゆうに超えます。80歳を目前にして所属レーベルを持ち、新譜を出し、年末の歌番組に立つ。それが金田たつえさんの現在です。
金田たつえをテレビで見かけない理由と「花街の母」250万枚の軌跡
現役であることは分かっても、「では、なぜ見かけないのか」という疑問は残ります。
その答えは、金田たつえさんがどうやって世に出た歌手なのかを振り返ると見えてきます。
見かけない理由は活動の場が歌番組とコンサートに絞られているから
金田たつえさんをテレビで見かけなくなった一番の理由は、露出の場が専門的な歌番組とコンサートに絞られているためです。
近年の活動として確認できるのは、新譜のリリース、年末の歌謡番組、チャリティーコンサート、観光大使としてのPRといったものばかりでした。バラエティ番組やワイドショーへの出演は見当たりません。
加えて、演歌歌手が出演していたゴールデンタイムの歌番組そのものが激減しています。歌手側が退いたのではなく、映る場所のほうが先に減った、という順序です。
公式サイトや公式YouTubeチャンネルでの発信も続いており、情報を追う手段はテレビの外に移っています。
「花街の母」は大阪限定の自主発売から250万枚のヒットになった
代表曲「花街の母」は、1973年6月10日に発売されました。
ただし、当初は大阪地区限定の自主発売という厳しい条件つきでのスタートでした。全国流通すらしていなかったのです。
ところが発売から6年目、1979年になって全国的な大ヒットに化けます。同年の年間シングルチャートでは16位に入り、1978年には200万枚を突破。最終的に15年間で250万枚以上を売り上げました。
発売から売れるまで6年。この異例の遅咲きぶりが、金田たつえさんという歌手の歩みを決定づけました。
1979年には紅白初出場とドラマ化・映画化が重なった
1979年は金田たつえさんにとって特別な年でした。
「花街の母」がTBS系でドラマ化され、東宝で映画化され、さらに第30回NHK紅白歌合戦への初出場も果たしています。紅白では当然「花街の母」を歌いました。
デビューから10年、曲の発売から6年を経て、ようやくたどり着いた舞台でした。その後はアメリカ、オーストラリア、ハワイなど海外公演にも活動を広げています。
2013年には歌手生活45周年を記念して、CD8枚組・全133曲を収録した『プレミアムBOX』も発売されました。
原点は民謡|日本民謡協会全国大会で「江差追分」を歌い優勝
金田たつえさんは、もともと演歌歌手として世に出た人ではありません。出発点は民謡です。
1961年、日本民謡協会全国大会で「江差追分」を歌って優勝しています。当時はまだ10代前半でした。
1965年に高校卒業後上京し、1969年に「江州音頭」「河内音頭」で民謡歌手としてデビュー。演歌に転向したのは1973年の「花街の母」からで、それ以降も民謡と演歌の両方を歌い続けています。
特技の欄に「民謡」と記されているのは、この経歴があるからです。
養母・金田イチに育てられた生い立ちがある
「花街の母」があれほど深く歌われた背景には、金田たつえさん自身の生い立ちがあります。
金田たつえさんは生後80日で金田イチさんの養女となりました。イチさんは北海道の江差で芸者をしていた人物で、その後は砂川市へ移り、民謡教室の師匠として生計を立てながらたつえさんを育てたと伝えられています。
芸事の道にいた養母のもとで民謡を身につけ、その民謡で全国優勝を果たし、やがて母を歌った曲で世に出た。芸名の「金田」も養母から受け継いだものです。
17歳のときに所属事務所の社長と結婚している
金田たつえさんは1965年の上京と同じ年、17歳で所属事務所の社長と結婚しています。
デビューより前の結婚であり、その後も離婚が報じられた形跡はありません。結婚生活は現在まで続いているとみられます。
公私ともに二人三脚だったからこそ、6年間売れない時期を抱えた「花街の母」を手放さずに済んだのかもしれません。
まとめ|金田たつえの現在は歌い続ける日常の中にある
金田たつえさんの現在について、確認できたことを整理します。
・現在も日本コロムビアに所属する現役の演歌歌手
・直近のリリースは2023年10月18日発売の『金田たつえ全曲集 2024』
・2021年から2022年にかけて3枚のシングルを発表している
・大晦日の『年忘れにっぽんの歌』への出演を重ねている
・2009年から車椅子寄贈のチャリティーコンサートを継続
・とかち観光大使として北海道のPRも担っている
・1948年4月12日生まれで、2026年8月時点の年齢は78歳
テレビで見かけなくなったのは、引退したからではありませんでした。活動の場が歌番組とコンサート、そして地域に根ざした催しへ移っただけです。演歌歌手が映るテレビ番組そのものが減ったことも大きく影響しています。
「花街の母」は大阪限定の自主発売から6年をかけて全国に広がり、15年間で250万枚を超えました。すぐに売れた曲ではなかったからこそ、歌い続けることでしか手に入らないものを金田たつえさんは知っているのだと思います。
80歳を目前にしても新譜を出し、年末には歌番組に立つ。派手な話題はなくても、それが半世紀以上続いてきた金田たつえさんの現在です。


