本多大夢さんの高校はどこなのか、気になっている方は多いのではないでしょうか。
高校名は現在も非公表ですが、「大学の推薦枠が多い進学校を選んだのに、気づけば音楽の道へ」というエピソードを知ると、なんだかすごく人間らしくて引き込まれるんですよね。
電車を乗り継いで毎朝5時半起き、帰りは制服のまま海に入ってびしょびしょ──そんな濃い青春を過ごしながら、全校生徒の前でひとり歌い切った体験が「歌一本でいく」と腹をくくる瞬間になりました。
・本多大夢さんの高校の特徴と候補校(推測)
・高校時代に音楽を志したきっかけとEXPGでの基礎トレーニング
・専門学校ESPからROIROMデビューまでの学歴と経歴の全体像
目次 閉じる
本多大夢の高校と学歴まとめ
本多大夢さんの高校名は非公表ですが、神奈川県の海沿いにある進学校だったと本人が語っています。
学歴全体の詳細と、音楽への道を歩むことになった学生時代のエピソードを順番にご紹介します。
学歴一覧:高校から専門学校まで
本多大夢さんの学歴をまとめると、以下のようになります。
| 学校 | 詳細 |
|---|---|
| 小学校 | 不明(神奈川県内) |
| 中学校 | 不明(神奈川県内) |
| 高校 | 不明(神奈川県内の海沿い進学校と推測) |
| 専門学校 | ESPエンタテインメント東京(音楽アーティスト科ヴォーカルコース・2年制) |
| 大学 | 進学なし |
本多大夢さんの最終学歴は、専門学校ESPエンタテインメント東京(ヴォーカルコース)卒業です。
具体的な高校名や中学校名は現時点では公表されていません。
ただ、高校については「大学の指定校推薦枠が多いという理由で選んだ」とご本人がインタビューで語っていることから、神奈川県内の進学校だったことはほぼ確実です。
高校卒業後は大学には進まず、音楽の道を歩むために東京の専門学校へと進学しています。
このあたりのエピソードについては、次のセクション以降で詳しく解説しますね。
高校はどこ?神奈川の海沿い進学校
高校名は非公表ですが、本多大夢さんご本人が語ったエピソードから、いくつかのヒントが浮かび上がっています。
キャンキャンのインタビューで、こんなことを語ってくれていました。
「高校は家から少し遠くて、海沿いのほうにあったので、電車を乗り継いで約1時間半かけて通学していた」
神奈川県在住で、海沿いの進学校というと、いくつかの学校が候補として挙がります。
候補となる海沿いの高校(推測)
| 学校名 | 所在地 | 特徴 |
|---|---|---|
| 七里ガ浜高校 | 鎌倉市七里ガ浜 | 相模湾を一望する立地 |
| 湘南高校 | 藤沢市鵠沼 | 神奈川屈指の進学校・文武両道 |
| 鎌倉高校 | 鎌倉市腰越 | 江ノ電沿い・海が近い進学校 |
もちろんこれはあくまで推測であり、確定情報ではありません。
ただ、「大学推薦枠が多い」「海沿い」「電車で1時間半」という条件を組み合わせると、湘南エリアの学校が有力かなという印象です。
いずれにしても、高校名は本人から公表されておらず、現時点では不明というのが正確なところです。
本多大夢さんが活動の幅をさらに広げたとき、自然な形で語ってくれることを期待したいですね。
高校を選んだ理由と毎朝5時半起きの通学
これが知ると少し驚くんですが、本多大夢さんが今の高校を選んだ理由は、最初から音楽のためではなかったんですよ。
高校を選んだ際の理由は「大学の指定校推薦枠が多かったから」。
当時はまだ音楽の道に完全に振り切ってはおらず、大学進学も視野に入れていた時期でした。
ところが高校生になったタイミングで「歌を習いたい」と自ら言い出すほど音楽への情熱に火がついて、その後の人生はガラッと変わっていくことになります。
そんな高校への通学は、毎朝5時半起きという生活。
家から電車を乗り継いで約1時間半かけて通っていたそうです。
でも……なんか、それが全然つらい思い出じゃなさそうなんですよね。
「海が好きなので、学校に行くだけでリフレッシュになった」と語っていて、帰り道には制服のまま海に入ってびしょびしょになりながら、近くの公園でバスケをしたり、海の家でかき氷を食べたりと、まるで映画のような青春を過ごしていたみたいです。
遠距離通学も、好きな海が近い環境だったからこそ、苦にならなかったのかもしれませんね。
高校時代に音楽を本格的に志したきっかけ
高校1年生のタイミングで、本多大夢さんは「歌を習いたい」と生まれて初めて自分から両親に申し出ます。
それまで「何でも自分からやりたいとは言わなかった」というご本人の言葉通り、このひと言は家族にとってもかなり意外だったようです。
でも両親は何も言わずにスクールに通わせてくれたそうで、このあたりのご両親の器の大きさが、今の本多大夢さんを育てたのかもしれません。
通い始めたのはEXPG(EXILE PROFESSIONAL GYM)という、LDHが運営するプロ養成スクール。
ダンス、ボーカル、パフォーマンスなど、アーティストとして必要なスキルを一から学ぶことができる本格的な環境です。
EXPGでの基礎トレーニング
EXPGでの最初の半年ほどは、グループレッスンで緊張して前に出られなかったという本多さん。
「グループレッスンはぐいぐい前に出ないと吸収できない」と気づいてから、積極的に動くことを意識するようになったそうです。
……この気づきができる人、意外と少ないんですよね。
高校2年の後半からはスクールが忙しくなり、学校の行事に出られないことが増えたと語っています。
それでも担任の先生も友達もみんな応援してくれたという環境が、本多大夢さんを支えていました。
卒業生を送る会でのソロパフォーマンス
そして転機となったのが、高校での卒業生を送る会でのパフォーマンスでした。
なんと、何千人という全校生徒の前でひとりで歌うことになったんです。
曲は秦 基博さんの「朝が来る前に」。
「緊張したけれど、友達が応援に来てくれたので無事に歌い切れた」とのこと。
このとき、卒業後の進路を迷っていた時期でもあったそうで、「歌一本でいこう」と腹をくくる決定的な体験になりました。
大勢の前で歌い切った経験が自信になり、デザインやアートへの未練を断ち切るきっかけになったのですね。
専門学校ESPエンタテインメント東京への進学
高校卒業後、本多大夢さんが選んだのは大学ではなく、専門学校「ESPエンタテインメント東京」です。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 学校名 | 専門学校ESPエンタテインメント東京 |
| 所在地 | 東京都新宿区高田馬場 |
| 学科 | 音楽アーティスト科ヴォーカルコース |
| 修業年限 | 2年制 |
| 著名卒業生 | EXILE ATSUSHI、Tomoya(ONE OK ROCK)、KAZUKI(DOBERMAN INFINITY)、松浦航大 など |
学校HPのスチューデントボイスには本多さんの言葉も掲載されており、「高校2年の4月から音楽をはじめて、2年半の間日本の事務所でレッスンし、その後は韓国事務所で特待生として活動した。日本で活動したいという思いでヴォーカルコースに入学した」と語っています。
韓国での練習生経験
在学中に一度、韓国の芸能事務所で練習生として活動したのも本多大夢さんの経歴のユニークな点です。
言葉の壁がある中でパフォーマンスを仕上げるという難度の高い経験を積んだと語っており、具体的な事務所名は公表されていませんが、HYBEやJYP系の練習生だった可能性も噂されています。
この韓国経験が、後のオーディション番組での高いパフォーマンス力につながっているのかもしれません。
専門学校卒業後は数々のオーディションに挑戦し、2025年にはROIROMとしてアーティストデビューを果たしています。
中学時代はバスケ部で過ごした3年間
本多大夢さんの中学時代は、完全なスポーツ少年でした。
中学校に上がる前に、バスケ部だったお父さんから「スラムダンク」の漫画を薦められ、読んでみたら面白くてハマったそうです。
それがきっかけで中学3年間はバスケ部に所属し、がっつりスポーツに打ち込んでいました。
特技として今でも「バスケ」を挙げているだけあって、中学時代に培った体幹や俊敏なステップが、ダンスにも生かされているんじゃないかと思いますよ。
転機が訪れたのは中学3年生のとき。
妹さんがAAAの存在を教えてくれて、初めて見たミュージックビデオのグループの一体感あふれるパフォーマンスに心を打たれたそうです。
「自分も届ける側になりたい」という気持ちが芽生えたのが、このときだったと語っています。
人生で初めて自分で買ったCDは清水翔太さんの「Umbrella」というアルバム。
メロディラインはもちろん、何より歌詞が好きで、今も楽曲制作でエッセンスとして取り入れていると語っています。
……なんか、ここ読んでてほっこりしませんでしたか。
漫画から始まってCDまで、身近な家族に影響を受けながら育っているのが伝わってきますよね。
スポーツ少年だった本多大夢さんが音楽の道へと向かうことになったのは、妹からの一言がきっかけでした。
幼少期の家族と環境がもたらした影響
本多大夢さんは神奈川県出身で、2000年7月10日生まれ。
幼少期は両親が共働きだったため、祖父母の家で過ごすことが多かったそうです。
父・母・妹との家族構成
| 家族 | 詳細 |
|---|---|
| 父 | 薬剤関係の仕事。バスケ経験者で「スラムダンク」を薦めてくれた人 |
| 母 | 元々父と同じ薬剤関係の仕事→現在はキッチンカーを経営。週末は父も手伝っている |
| 妹 | 2歳下。AAAを教えてくれた音楽のきっかけとなる存在 |
| ペット | ドーベルマン(名前:ティアラ)を飼っていた |
両親はとにかく「やりたいことを全肯定してくれる」スタンスで、何事も1回は挑戦させてくれる環境だったそうです。
高校生のときに突然「歌を習いたい」と言い出したときも、「びっくりしたけれど何も言わずに通わせてくれた」と語っているくらいです。
これは、本多大夢さんのキャリアを語るうえで欠かせないバックボーンだと思いますよ。
小学生のときの夢は「薬剤師」。
両親がふたりとも薬剤関係の仕事に就いていて、「シゴデキ感があってかっこよく見えた」という素直な理由からだそうです(笑)。
祖父母の家にあったカラオケで歌って褒められたのが、歌への興味のいちばん最初のきっかけ。
小学校時代はサッカーのクラブチームに6年間所属しており、音楽よりもずっとスポーツ中心の生活を送っていました。
「やりたいことを応援してくれる家族」という環境が、本多大夢さんの音楽への挑戦を支え続けていたんですね。
学歴に関する世間の声
本多大夢さんの高校・学歴への世間の反応をまとめると、主に以下のような声が多く見られます。
高校名が公表されていないことについては「謎めいていてますます気になる」「卒アルが見たい」という好奇心旺盛な声がファンの間では多いようです。
一方で、専門学校ESPエンタテインメント東京への進学や韓国での練習生経験については「実力で勝ち取ってきた経歴がすごい」「ガチで努力してきたのが伝わる」という評価の声が目立ちます。
EXPGで基礎を学び、韓国でも特待生として認められ、専門学校でさらに磨きをかけてから複数のオーディションに挑んできたその積み重ねは、タイプロや日プでの実力として如実に表れていますよね。
「大学推薦が多い高校を自分で選んでおきながら、音楽の道に舵を切った」という決断力についても、「それだけ本気だったんだね」という共感の声が多く集まっています。
本多大夢の高校を調べる人向けの関連情報
本多大夢さんを検索すると、高校・学歴以外にもさまざまなキーワードが浮かび上がります。
ここでは関連して気になる情報をまとめてご紹介します。
タイプロでの快進撃と最終審査進出
本多大夢さんを一躍有名にしたのが、2024年にNetflixで配信されたオーディション番組「timelesz project(タイプロ)」です。
元Sexy ZoneのtimeleszによるSMFの新メンバーを選ぶこのオーディションには、約19,000名が応募。
本多大夢さんはその中から書類審査を通過し、最終審査まで勝ち残りました。
| 審査 | 結果 |
|---|---|
| 1次(書類) | 18,922名通過 |
| 2次(面接) | 36名に選出 |
| 3次 | 36名中7位(「Monster」黄チーム合格) |
| 4次 | 18名中6位(「Purple Rain」合格) |
| 5次 | 12名中7位(菊池チーム「new phase」合格) |
| 最終 | 8名(赤チーム)→ 落選 |
菊池風磨さんから「初めて自分からダンスを教えたくなった練習生」と言わしめたほどの実力は、ファンのみならず業界関係者からも高く評価されました。
「表現力・歌唱力・ダンスのスキルが他の候補生の頭一つ抜きんでている」という言葉は、本多大夢さんの実力を端的に表していますよね。
残念ながら最終審査では落選という結果に終わりましたが、この経験がROIROM結成への道を開くことになりました。
日プでの挑戦と83位という結果
本多大夢さんが最初に大きなオーディション番組に挑んだのは、2021年放送の「PRODUCE 101 JAPAN SEASON2(日プ2)」です。
INIを輩出した超大型オーディションで、101人の練習生がデビューをかけて競い合う番組です。
本多大夢さんは最終順位83位という結果でデビューには届きませんでしたが、透明感のある歌声と誠実な姿勢でファンの心をつかんでいたそうです。
「自分に何が足りないのかを肌で感じた」と語っており、この悔しさをバネにさらなる努力を重ねていくことになります。
また2023年には、中国と香港が共同制作したオーディション番組「ASIA SUPER YOUNG(亞洲超星團)」にも出演。
浜川路己さん・西山智樹さんとともに「猫目三兄弟」というユニットを結成し、YOASOBIの「アイドル」を披露して大きな反響を呼びました。
最終順位は44位でしたが、この中国オーディションは「人生でいちばん心を折られた経験」とご本人が語るほどの試練でもあったようです。
票数がリアルタイムで可視化されて人気のコとの信じられないくらいの差を目の当たりにしたとのこと……それはきつかったでしょうね。
日プ・ASY・タイプロと三度の大型オーディションに挑み続けた経歴が、本多大夢さんのアーティストとしての底力を作り上げています。
ROIROMとしてのデビューと現在の活動
タイプロで最終選考に残りながら落選した本多大夢さんですが、その後の行動は早かったです。
2025年5月8日、浜川路己さん(ロイ)とのユニット「ROIROM(ロイロム)」を結成し、アーティスト活動を本格スタートさせました。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| ユニット名 | ROIROM(ロイロム) |
| メンバー | 本多大夢(ヒロム)、浜川路己(ロイ) |
| 結成日 | 2025年5月8日 |
| 初単独公演 | 2025年11月23日 有明アリーナ |
| ファン名称 | cHaRm(チャーム) |
| 所属事務所 | CAT’S EYE(キャッツアイ) |
有明アリーナでの初の単独公演では音楽デビューも果たし、多くのファンを魅了しました。
「ロイは本当の弟みたいな存在」と語る本多大夢さんと、「大夢くんはキラキラしている存在」と話す浜川路己さんの関係性は、ファンからも「仲良しが伝わる」と人気の一因になっています。
ユニット名の候補には「夢路」(居酒屋っぽいとボツ)や「manten5」(即却下)なんてものもあったそうで、ファンの間で呼ばれていた愛称がそのまま正式名称になったというエピソードも微笑ましいですよね。
ROIROMとして着実にファンを増やしており、今後のさらなる活躍が期待されます。
整形疑惑の真相
本多大夢さんを検索すると「整形」というワードが一緒に出てきます。
顎がシャープで鼻筋が通り、キレイな二重の整った顔立ちをしているため、整形疑惑を持つ人がいるようです。
ただし、本多大夢さんが整形していることを示す公的な証拠は現在のところ何もありません。
過去(専門学校時代・日プ出演時)と現在の写真を比べても、顔の構造自体に大きな変化はないとする声が多いです。
顔の印象が変わった要因として挙げられているのは以下のような点です。
- オーディション活動を通じて体がしまり、顔がシュッとした
- メイクの技術が上がったことで輪郭や目の印象が変化した
- ライティングや撮影環境の違いによる見え方の差
もし整形しているとすれば、ヒアルロン酸などのプチ整形の可能性という意見もありますが、確認できる情報はない状況です。
整形疑惑が出るほど整った顔立ちというのは、ある意味で本多大夢さんへの注目度の高さを示しているのかもしれませんね。
卒アルはある?昔の顔との比較
本多大夢さんの「卒アル」を検索するファンも多いようです。
ただ、高校名が非公表である以上、高校の卒業アルバムの存在も公には確認されていません。
比較できる「昔の顔」として公になっているのは、以下の写真が主なものです。
- 専門学校時代(2020年ごろ)のプロフィール写真
- PRODUCE 101 JAPAN SEASON2(2021年)出演時の映像・写真
- ASIA SUPER YOUNG(2023年)出演時の映像・写真
これらの写真と現在(2024〜2025年)の本多大夢さんを比べると、雰囲気に変化はあるものの、顔の骨格や目・鼻の形には大きな差異はないとする声が多いです。
卒アルは現在公表されていないため、昔の顔との比較は専門学校時代以降の写真が参考になります。
高校卒業前後の幼い頃の写真については、ROIROMとしてメディア露出が増えるにつれ、今後本人から語られることがあるかもしれません。
本多大夢の高校と学歴まとめ
- 神奈川県出身で、2000年7月10日生まれのアーティスト
- 高校名は非公表だが、「大学推薦枠が多い」という理由で選んだ進学校
- 高校は海沿いに位置し、電車を乗り継いで約1時間半かけて通学
- 毎朝5時半起きで通学しながら、帰りは友達と海で青春を謳歌
- 七里ガ浜高校・湘南高校・鎌倉高校などが高校の候補として推測されている
- 高校1年からEXPG(EXILE PROFESSIONAL GYM)で歌・ダンスの基礎を習い始めた
- 全校生徒の前で秦 基博「朝が来る前に」をソロで歌ったことが音楽への確信となった
- 高校卒業後は大学に進学せず、専門学校ESPエンタテインメント東京へ進学
- ESP在学中に韓国の芸能事務所で特待生として活動した経験あり
- 中学時代はバスケ部。父に薦められた「スラムダンク」がきっかけ
- 中3のとき妹がAAAを紹介したことが音楽への夢を持つきっかけになった
- 幼少期は薬剤師の夢を持ち、サッカーに熱中した神奈川育ち
- ドーベルマン(ティアラ)を飼っていたというほっこりエピソードも
- 父は薬剤関係の仕事、母は現在キッチンカーを経営する行動派のご両親
- PRODUCE 101 JAPAN SEASON2(2021年)に出演し最終83位
- ASIA SUPER YOUNG(2023年)では「猫目三兄弟」として44位
- タイプロ(timelesz project・2024年)では最終審査まで進出するも落選
- 2025年5月8日に浜川路己とROIROM(ロイロム)を結成してアーティストデビュー
- 整形疑惑は公表されておらず、メイクや体型変化による印象の違いと見られている
- 高校の卒アルは現在公表されていない


