爆撃竜馬のバンド時代はデマ!本当はTiiiMOのアイドル「Ryo-Ma」で横浜アリーナにも立っていた

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爆撃竜馬さんの「バンド時代」という噂を聞いて気になっている方も多いのではないでしょうか。

実はこれ、厳密には「バンド時代」ではなく、ダンス&ボーカルグループのアイドルとして活動していた時代だったんです。

横浜アリーナのステージに立ち、レコチョクで1位を取ったにもかかわらず、後にホームレス同然の生活を経てホストに転身——竜馬さんの歌手時代は波乱万丈すぎて、知れば知るほど目が離せないエピソードが次々と出てきますよ。

この記事を読むとわかること
・爆撃竜馬のバンド時代はデマでアイドルグループTiiiMO(ティーモ)のメンバーだったという真実
・横浜アリーナ出演・レコチョク1位から事務所トラブルでホームレス同然になるまでの経緯
・現在シンガーソングライターとして活動する竜馬さんの音楽への想いと今後の展開

爆撃竜馬のバンド時代はデマ?本当はアイドルグループTiiiMOのメンバーだった

ホストとして歌舞伎町を席巻した爆撃竜馬さんですが、その前に「バンド時代があった」という噂が広がっています。

実際のところ、バンドマンだったのかアイドルだったのか、どんな活動をしていたのか——その全貌をまとめて解説しますね。

バンドマンではなくアイドルだったという真実

爆撃竜馬さんの「バンド時代」という言葉がネットで広がっていますが、実は爆撃竜馬さんはバンドマンではなく、ダンス&ボーカルグループ「TiiiMO(ティーモ)」のメンバーとして活動していたアイドルでした。

バンドというと、ギターやドラムなどを演奏する音楽グループをイメージしますよね。

でも竜馬さんが在籍していたのは、歌とダンスを前面に押し出したアイドルグループだったんです。

竜馬さん自身も取材のなかで「アイドルちっくなダンスボーカルグループにいました」と発言しています。

つまり、「バンド時代」というのは厳密には正確ではなく、正しくは「アイドルグループ時代」「歌手時代」と表現するのが適切です。

なぜ「バンド時代」という表現が広まったのかについては諸説ありますが、竜馬さんがバンドっぽい雰囲気を持っていたり、グループでの音楽活動という共通点からそう呼ばれるようになったのかもしれませんね。

いずれにしても、「バンドマンではなかった」という点は覚えておいてほしいポイントです。

グループ名はTiiiMO(ティーモ)で活動名はRyo-Ma

竜馬さんが所属していたグループの正式名称は「TiiiMO(ティーモ)」です。

「T」が3つ続くちょっと変わったスペルなので、知らないとなかなか検索しにくいですよね。

そしてグループ内での活動名(アーティスト名)は「Ryo-Ma(リョーマ)」でした。

現在の源氏名「爆撃竜馬」に通じる「竜馬(りょうま)」という名前は、この頃からずっと使い続けているんです。

竜馬さんにとって「竜馬」という名前はアイデンティティの一部なのでしょうか、活動名・ホスト名・歌手名すべてに「竜馬」が入っているのが印象的ですよね。

TiiiMOはルックスとパフォーマンス力に特化したグループで、2018年4月1日に渋谷109前広場でデビューライブを開催しており、その後さまざまなメディアにも露出していきました。

現在のTiiiMOはガールズグループとして活動していますが、竜馬さんが在籍していた2018〜2019年当時は男女混合のダンスボーカルグループの一員として活動していたとされています。

大分から上京してTiiiMOに加入するまでの流れ

竜馬さんがTiiiMOに加入するまでの経緯も、かなり興味深いものがあります。

2018年4月に大分県から上京。

上京してすぐにグループに加入したわけではなく、しばらくは街角でのストリートライブをこなしながら、徐々に知名度を高めていきました。

ストリートライブ時代の活動(2018年4月〜半年)

上京直後の半年ほどは、東京都内のさまざまな場所でストリートライブを行っていました。

路上ライブって、一見するとハードルが低そうに見えますが、実際には天候や通行人の反応など不確定要素だらけで、メンタルが折れそうになることも多いはず。

それでも歌い続けた竜馬さんは、この経験を通じて確かな歌唱力とパフォーマンス力を磨いていったのでしょう。

その努力が実り、2018年11月(21歳のとき)、TiiiMOへの加入が実現します。

上京からわずか半年で注目のグループに入ることができたのですから、もともとのポテンシャルが相当高かったと言えますね。

横浜アリーナ出演とレコチョク1位という輝かしい実績

TiiiMOに加入してからの竜馬さんの活躍は、目を見張るものがありました。

普通のアイドルグループとは一線を画すような、華々しい実績を残しているんです。

まず特筆すべきは、横浜アリーナ出演です。

横浜アリーナといえば、最大収容人数が1万7,000人にもなる超大型ライブ会場。

そこでのステージを経験しているというのは、当時のTiiiMOがどれほどの規模感で活動していたかを示していますよね。

それだけじゃなく、楽曲配信サービス「レコチョク」で1位を獲得という記録も残しています。

デジタル配信の順位でトップを取るというのは、ファンの熱量と楽曲のクオリティが組み合わさって初めて達成できることです。

竜馬さん自身も「2019は濃かった。アーティストとしてアリーナやTVやラジオに出てレコチョク1位とった」とXに投稿しており、本人も誇りに思っていた実績であることがわかります。

ZeppライブやCDリリース、ワンマン200人動員の詳細

横浜アリーナのほかにも、Zepp(ゼップ)でのライブ出演も経験しています。

Zeppも収容2,000〜3,000人規模の大型ライブハウスですから、しっかりとした動員力があったことがわかりますね。

CDリリースも行っており、テレビやラジオにも出演するなど、まさに本格的なアイドル活動をしていたことが見えてきます。

さらに、ソロでのワンマンライブで200人以上を動員したこともあるそうで、グループとしてだけでなく個人としての人気も着実についていたことがわかります。

ホスト竜馬さんしか知らない方は、こんな芸能人顔負けの実績を持っていたと聞いたら驚くのではないでしょうか。

TiiiMOを脱退した本当の理由

順風満帆に見えたTiiiMOでの活動ですが、竜馬さんは2019年に脱退を選びます。

その理由について竜馬さんは「グループは向かない」と感じたと語っています。

横浜アリーナに立ち、レコチョク1位を取った…それだけの実績を積んでも「向かない」と感じたというのは、自分の素質と活動スタイルへの深い洞察があったからではないでしょうか。

エルコレで見せる竜馬さんのキャラクター——超個性的で、自由奔放で、誰とも違う独自のスタイル——を知っている方なら、「確かに型にはまったグループ活動は合わなそう」と思うかもしれませんね。

みんなで振り付けを合わせてパフォーマンスするより、自分らしく自由に表現できる場所のほうが輝けると感じたのでしょう。

その後、竜馬さんがTiiiMOを脱退したことでグループは解散したとも言われています(※一部情報源より)。

一人のメンバーの脱退がグループ存続に直結するほどの存在感があったとしたら、竜馬さんの影響力の大きさが伝わってきますね。

事務所トラブルからホスト転身という衝撃の裏側

TiiiMOを脱退した後の竜馬さんに待ち受けていたのは、想像を超える過酷な現実でした。

グループ脱退後はソロで歌手活動を再開しようとしましたが、所属事務所との間で制約や金銭面のトラブルが発生。

その結果、竜馬さんは事務所を退所することになります。

ここまでならまだ「よくある話」で済むかもしれません。

しかし問題はその後で——退所のタイミングで住む場所を失ってしまうほどの困窮状態に追い込まれてしまったんです。

「もう選択肢がなかった」と竜馬さんは当時を振り返っています。

読んでいて胸が痛くなりますよね…。

あれだけの実績を積んで、横浜アリーナに立って、レコチョクで1位を取った人間が、一瞬にして住む家もない状態になってしまう。

芸能界の厳しさをまざまざと見せつけられるエピソードです。

退所後ホームレス同然の生活

一時的にホームレス同然の生活を経験した竜馬さん。

そのどん底の状況から「生活のため」として選んだのが、ホストという道でした。

2019年10月、爆撃竜馬さんはホストとしての新しいキャリアをスタートさせます。

ここから先の話は多くの方がご存知の通り——ホストとしてはデビューからわずか4ヶ月で月間1,100万円を売り上げ、グループ最速記録の結果を出す大活躍を見せます。

「選択肢がなかった」と言いながら選んだ道が、結果的に自分の才能が最も輝く場所だったとは、なんとも運命的ですよね。

爆撃竜馬のバンド時代を調べる人向けの関連情報

爆撃竜馬さんのバンド(アイドル)時代について、もう少し細かく気になる情報をまとめました。

前半の内容と合わせて読んでいただくと、竜馬さんの人物像がより立体的に見えてくると思いますよ。

活動名Ryo-Maとはどんな名前だったのか

TiiiMO時代の竜馬さんの活動名は「Ryo-Ma(リョーマ)」でした。

アルファベット表記で中間にハイフンが入る、ちょっとスタイリッシュな書き方ですね。

「Ryo」は「竜(りゅう・りょう)」、「Ma」は「馬(ま)」——漢字の「竜馬」をローマ字に変換してひとひねり加えたような名前です。

音楽活動をしていたアイドル時代の名前でありながら、その根っこにある「竜馬」という名前は現在まで変わっていません。

ホストになってから最初に名乗ったのが「竜馬」、4ヶ月後に「一撃竜馬」、Lillion移籍後に「爆撃竜馬」。

どの時代も「竜馬」というコアは変わらず、そこに「爆発力」を表す言葉が付け加えられていく変遷がおもしろいですよね。

「Ryo-Ma」というアーティスト名があった頃の映像や写真はあまり表に出ていませんが、当時の竜馬さんの姿を見てみたいと感じるファンも多いようです。

夢見竜馬という別名も持っていた

TiiiMO脱退後、ソロの歌手活動を再開した際に竜馬さんが名乗ったのが「夢見竜馬」という名前でした。

この名前の由来がまた素敵なんです。

本人のX投稿によると——「出会ってくれた人すべての人に竜馬っていう夢を見させるぜってことで。夢見竜馬が誕生」と語っています。

「夢を見させる竜馬」という意味を込めた名前を選んだということ。

……なんか、いいですよね。

住む場所もなくなったどん底の状況でも、「出会った人に夢を見せたい」という気持ちを持ち続けていたということですから。

2021年頃はSNSでも「夢見竜馬」として投稿を行っていたようですが、2025年3月時点では「夢見竜馬」という名前は使っておらず、「爆撃竜馬」の名前に統一しているようです。

「夢見竜馬」という名前はおそらく歴史の一ページになりましたが、「竜馬」という軸は変わらず引き継がれています。

本名は「齋藤竜馬」という説の真相

ネットでは爆撃竜馬さんの本名が「齋藤竜馬(さいとうりょうま)」ではないかという情報が流れています。

この根拠として挙げられているのが、以下の推論です。

ABEMAの「愛のハイエナ」の番組内で、竜馬さんが高校時代のサッカー姿を写した写真を披露。

その写真に写っている赤いユニフォームが、鹿児島県の有名サッカー強豪校「神村学園高等部」のものと酷似していると話題に。

さらに、神村学園の2013年度(竜馬さんが高校2年生にあたる年齢)のサッカー部メンバー表に「斎藤竜馬」という名前が確認できるというものです。

本名については現在も公式には非公開であり、この説はあくまで状況証拠からの推測にとどまります。

ただ、アーティスト名「Ryo-Ma」→ ホスト名「一撃竜馬」→「爆撃竜馬」、そして歌手名「夢見竜馬」と、一貫して「竜馬」を使っていることから、本名に「竜馬」が入っている可能性は高そうですよね。

シンガーソングライターとして現在も活動中

2025年4月、竜馬さんはABEMAの「愛のハイエナseason3」の最終回で突如「今日で俺はプレイヤーを上がります」とホスト引退を宣言しました。

この発表に共演者の山本裕典さんが号泣するなど、周囲を驚かせる電撃引退でした。

そして翌5月には——オリジナル楽曲「エロがんな」をリリース。

「エロがんな」というフレーズは竜馬さんの代名詞ともなっていた言葉で、これを曲にするというセンスが竜馬さんらしいですよね。

この楽曲はモデルプレスの流行語大賞にノミネートされるほどの話題作となりました。

TuneCore JapanやApple Music、レコチョク等でも配信されており、シンガーソングライターとして本格的に音楽の世界に戻ってきた竜馬さん。

アイドルグループ「TiiiMO」での活動→ホスト界のカリスマ→シンガーソングライター、という唯一無二のキャリアを歩み続けています。

2025年9月には一夜限りのホスト復帰イベントも行われ、ホストを辞めても竜馬さんの存在感は変わらないんだということをファンに改めて示していましたね。

壮絶な生い立ちと過去

竜馬さんの音楽活動の話をするうえで、その生い立ちを避けては通れません。

ABEMAの「愛のハイエナ」では、竜馬さん自ら語った驚くべき過去が視聴者の涙を誘いました。

生後まもなく、実の母親に捨てられたという事実。

その後、腹違いの妹が生まれたタイミングで育ての親に引き取られることになりましたが、育ての父は元暴走族の総長でした。

母親に捨てられた幼少期と育ての父からの暴力

「普通の家庭で当たり前にあるものが、自分にはなかった」と竜馬さんは話しています。

友達の家が羨ましかった、という言葉からも、普通の家庭を知りながらも自分はそれを享受できなかった孤独感がにじみ出てきますね。

育ての父からは日常的に暴力を受けるという、想像するだけで胸が締め付けられる環境で育ちました。

それでも竜馬さんは「グレず」に歌を続け、大分から上京し、横浜アリーナに立った。

そしてどん底を経験してもホストの世界で頂点に上り詰めた。

逆境を乗り越えた先にある今の竜馬さんの明るさと強さは、並大抵のものではないということが、この生い立ちを知るとよりリアルに伝わってきます。

バンド時代に対する世間の反応

爆撃竜馬さんのアイドル・歌手時代を知った人たちからは、さまざまな反応が寄せられています。

多くの方が驚くのは「ホストのイメージが強すぎて、まさかアイドルだったとは思わなかった」という声でしょう。

「バンド時代」という言葉自体が一人歩きしていることに対して、「バンドじゃなくてアイドルグループだよ!」と訂正しているコメントも見られます。

TiiiMO時代の映像や写真が公開されることは少ないため、「アイドル時代の竜馬さんを見てみたい」「昔の映像が見たい」という声も多くあります。

一方で、「音楽の才能があるのは今も同じだから、ホスト引退後の歌手活動が楽しみ」「エロがんなを聴いて竜馬さんの歌声に驚いた」という期待の声も。

ホストとして圧倒的な実績を残した後に、音楽の道に戻るというストーリーに胸を熱くしているファンも多いようですね。

爆撃竜馬のバンド時代のまとめ

  • 爆撃竜馬のバンド時代はデマで、正確にはアイドルグループTiiiMO(ティーモ)のメンバー「Ryo-Ma」として活動していた
  • TiiiMOはルックスとパフォーマンス力に特化したダンス&ボーカルグループ
  • 2018年4月に大分から上京し、半年のストリートライブ経験後の2018年11月(21歳)にTiiiMOへ加入
  • グループ在籍中は横浜アリーナ出演、Zeppライブ、レコチョク1位獲得、CDリリース、テレビ・ラジオ出演と輝かしい実績を残した
  • TiiiMO脱退理由は「グループは向かない」という本人の判断
  • 脱退後は「夢見竜馬」としてソロ歌手活動を再開したが、事務所トラブル・金銭問題により住む場所を失う
  • 「もう選択肢がなかった」として2019年10月にホストデビュー
  • ホスト転身後はわずか4ヶ月で月間1,100万円を売り上げ大躍進
  • 本名は現在も非公開だが「齋藤竜馬」説がある(確認されていない推測)
  • 神村学園高等部サッカー部出身の噂があるが確証なし
  • 生後まもなく母親に捨てられ、育ての父から暴力を受けるという壮絶な生い立ちを持つ
  • 2025年4月にホスト引退を宣言し、シンガーソングライターとして楽曲「エロがんな」をリリース
  • 「エロがんな」はモデルプレス流行語大賞にノミネートされた
  • アーティスト名・ホスト名・歌手名すべてに「竜馬」を使い続けており、本名に「竜馬」が含まれる可能性が高い
  • どの活動でも「竜馬」という名前を軸に独自のスタイルで突き進む唯一無二の存在

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