小林武史の家族を総まとめ!akko・越野アンナ・HARUHIの現在と離婚の真相

小林武史の家族を総まとめ!akko・越野アンナ・HARUHIの現在と離婚の真相

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音楽プロデューサー・小林武史さんの家族について、気になっている方は多いのではないでしょうか。

元妻・akkoさんとの結婚は幸せな音楽一家のはじまりでしたが、実は2人の娘を抱えながら不倫・離婚という波乱の展開を迎えていたんです。

この記事では、akkoとの馴れ初めと離婚の真相から、2人の娘・越野アンナ(LIO)とHARUHIの音楽活動の現在まで、小林武史さんの家族にまつわるすべてをまとめています。

この記事を読むとわかること
・小林武史とakkoの結婚・離婚の経緯と本当の原因
・長女・越野アンナ(LIO)と次女・HARUHIの音楽活動と現在
・一青窈との不倫の真相と松下由樹との交際歴

小林武史の家族構成とakkoとの結婚・離婚の真相

音楽プロデューサーとして数々のヒット曲を世に送り出してきた小林武史さん。そんな彼の家族について、元妻のakkoさんとの馴れ初めから離婚、そして2人の娘さんたちの現在まで、詳しくご紹介します。

akkoのプロフィールと小林武史との出会い

「Hello, Again ~昔からある場所~」でお茶の間の心を掴んだMY LITTLE LOVERのボーカル、akko(あっこ)さん。小林武史さんの元妻として知られる彼女は、1973年1月10日生まれ、神奈川県伊勢原市出身で、血液型はAB型です。

5歳からピアノを習い始め、中学〜高校時代は新体操に打ち込んでいたというakkoさんですが、怪我や才能の限界を感じたことで新体操を断念。音楽への情熱を再燃させ、高校卒業後は国立音楽大学へと進学しました。

akkoさんと小林武史さんの出会いは、音大卒業後の進路について知人に相談したことがきっかけでした。

その知人が小林さんを紹介してくれたのですが、このとき面白いエピソードがあります。

初めて会ったakkoさんは、当時すでに大成功を収めていたMr.Childrenのことを知らなかったそうで、小林さんは思わず大爆笑してしまったのだとか。

でも、その素直な反応も含めて、小林さんはakkoさんのことをじっくり観察していたようです。

小林武史がakkoの声に惚れた理由

後に小林武史さんが語ったところによると、akkoさんの第一印象をこう表現しています。

「シンプルな明るさを持ってる子だな、少年性みたいなのを感じた。低域から高域まで、にじんでるような声が面白いと思った」

……なんかすごく詩的な表現ですよね。音楽プロデューサーらしい、声の聴き方がよく伝わってきます。

この言葉からも分かるとおり、小林さんはakkoさんの声質にただならぬ可能性を感じていたのでしょう。その直感が大当たりだったのは、その後の大ヒットが証明しています。

結婚から離婚までの経緯と離婚原因

akkoさんと小林武史さんは、音楽ユニット「MY LITTLE LOVER」としての活動を通じてどんどん関係が深まっていきます。

1995年5月1日に「Man & Woman/My Painting」でデビューし、サードシングル「Hello, Again ~昔からある場所~」が180万枚の大ヒット、1stアルバム「evergreen」は280万枚のダブルミリオンを記録。

そんな快進撃の最中、2人は交際から結婚へと進みます。

1996年にakkoさんと小林武史さんは結婚を発表。同年7月には長女が誕生し、出産のため活動を一時休止しています。

その後しばらくは活動を継続しましたが、1998年12月頃にはニューヨークへ移住。akkoさんは現地での育児に専念する時間が長くなり、一方の小林さんは日本でのプロデュース業に追われる日々。2人の間でどんどん距離が生まれていきました。

akkoさん自身も後に語っています。「小林さんは小林さんで忙しい。私は私でニューヨークで2人の娘がいるから、すごく心が離れましたね、気持ちが」と。

この言葉からも、単純な「不倫だけが原因」ではなく、生活スタイルのすれ違いも積み重なっていたことが伝わってきますよね。

一青窈との不倫が決定打に

そして決定打となったのが、歌手・一青窈さんとの不倫関係です。

小林武史さんと一青窈さんが急接近したきっかけは、2005年7月に開催された「ap bank fes ’05」だったとされています。楽曲制作やプロデュースを通じて関係が深まり、2007年1月に週刊誌「フライデー」が不倫関係を報道。

その約1年後の2008年1月、小林武史さんとakkoさんは正式に離婚を発表しました。

離婚後はakkoさんが2人の娘を育て上げ、2014年には5歳年下の一般男性(マイラバ関連のコングッズ会社社長・渡邊俊介さん)と再婚して幸せな第二の人生を歩んでいます。

一方の小林さんは離婚後、一青窈さんと同棲生活を始めますが、こちらは2014年頃に破局。その後は現在も独身を続けています。

興味深いのは、離婚後も小林さんとakkoさんがプロとして協力関係を続けていること。2015年にリリースされたakkoさんのアルバム「re:evergreen」を小林さんが総合プロデュースしているんです。

2人の間には確かな亀裂が入ったけれど、音楽という共通言語は失われなかった、ということかもしれません。

長女・越野アンナ(LIO)のプロフィールと音楽活動

小林武史さんとakkoさんのあいだに生まれた長女が、越野アンナさん(現在の芸名:LIO)です。

1996年生まれの越野アンナさんは、幼少期を母親akkoさんとともにニューヨークで過ごし、帰国後は国際色豊かな環境で育ちました。英語が堪能なのも、そのバックグラウンドからきているのかもしれません。

本格的な音楽の道へのきっかけは、2014年に開催されたオーディション「JAM」(NYLON JAPANとソニーミュージックの共催)への参加です。ミュージック・パフォーマンス部門で「NYLON賞」を受賞し、「非日本的なメロディーセンス」「群を抜いた歌唱力」と高く評価されました。

その後、ベーシスト兼アレンジャーの西塚真吾さんと出会い、男女2人組ユニット「anderlust(アンダーラスト)」を結成。ユニット名は「wanderlust(旅への衝動)」の「W」を外した造語で、「若者として時代を歩む中で抑えきれない自由への衝動」という意味が込められています。

2016年3月、デビューシングル「帰り道」をリリース。この曲は映画「あやしい彼女」の主題歌や音楽バラエティ番組「バズリズム」(日本テレビ系)のエンディングテーマとして使われ、透明感ある歌声と耳に残るメロディーが高く評価されました。

もちろんプロデュースを手がけたのは父・小林武史さん。父がプロデュースしたマイラバと同様、男女2人組のユニットというスタイルも話題になりました。

越野アンナさんは父へのコメントとして「尊敬するプロデューサーのひとり。天才なんだなって肌で感じました」と語っています。どれほど関係が難しくても、父の音楽的な才能は素直にリスペクトしているんですね。

その後、2017年12月31日に西塚さんがメンバーを脱退してanderlustはソロプロジェクト化。しばらく活動が見えない時期が続きましたが、2022年に「LIO」と改名し、世界的なプロデューサー・TeddyLoidとのユニット「NOILION」として新たなスタートを切りました。

次女・HARUHIのプロフィールとデビューの経緯

小林武史さんとakkoさんの次女が、歌手のHARUHI(はるひ)さんです。

1999年2月25日生まれのHARUHIさんは、幼少期をロサンゼルスで過ごしたとされており、帰国後も英語堪能なバイリンガルとして知られています。

音楽の道を意識し始めたのは、2011年、まだ12歳だった頃のこと。学校のミュージカルで主役に抜擢されたことが大きなきっかけとなり、13歳の頃から作詞作曲をスタートさせたといいます。これはすごいですよね。13歳で自分の曲を書いているなんて、才能もさることながら、音楽への情熱が本物だということが伝わってきます。

そんなHARUHIさんが世の中に知られるきっかけとなったのが、2016年5月にリリースされたデビューシングル「ひずみ」です。

この曲は映画「世界から猫が消えたなら」の主題歌として使われました。プロデュースを手がけたのは、もちろん父・小林武史さん。実は当時15歳の無名の少女だったHARUHIさんの曲を、小林さんが映画の主題歌候補として2年前から推薦していたというエピソードがあります。原作者も監督も、HARUHIさんの声を聴いてすぐに「この人しかいない」と確信したそうです。

佐藤健・宮崎あおいからの絶賛

映画の主演を務めた俳優・佐藤健さんはHARUHIさんの歌声についてこうコメントしています。

「すごくキレイな声。特別な才能の持ち主だと思います」

また、共演者の宮崎あおいさんも「耳にも心にも気持ちのいい声」と絶賛。音楽誌のライターも「男性とも女性ともとれる声質で、年代も感じさせない」と表現しています。

デビューシングルがiTunes J-POPアルバムで初登場1位、レコチョク上半期新人ランキング2位を獲得するなど、幸先の良いスタートを飾ったHARUHIさん。

その後も「Lullaby」(カンヌ国際映画祭受賞作「淵に立つ」主題歌)、「BANQUET」(TBSドラマ「コック警部の晩餐会」テーマ曲)、アニメ「GRANBLUE FANTASY The Animation」のエンディング「ソラのパレード」など、次々と作品を発表していきました。

ただ、現在は公式サイトが閉鎖され、SNSの更新も止まっている状態。活動休止中とみられており、いつか再び美声を届けてくれる日を楽しみに待ちたいですね。

一方、HARUHIさんが父・小林武史さんについて語ったコメントは少し辛口でユニーク。「いただいた歌詞があまり好きじゃなくて(笑)」とサラリと言ってのけており、プロデューサーと歌手として真剣に向き合う関係がうかがえます。

父と娘でありながら、しっかりとプロとして対峙できる関係性は、かえって本物の信頼があるからこそではないでしょうか。

父がプロデュースする親子音楽一家の絆と現在

小林武史さんの家族の特徴として際立つのが、「音楽」という強烈な共通言語の存在です。

父・小林武史さんは日本を代表する音楽プロデューサー。母・akkoさんはMY LITTLE LOVERのボーカルとして一世を風靡した歌手。そして長女・越野アンナ(LIO)さんも次女・HARUHIさんも、父がプロデュースする形で歌手デビューを果たしています。

家族 役割 主な活動
小林武史 音楽プロデューサー・キーボーディスト Mr.Children、サザン、akko等をプロデュース
akko(元妻) 歌手 MY LITTLE LOVER、2014年再婚
越野アンナ(LIO) 歌手・シンガーソングライター anderlust、2022年よりLIOとして活動
HARUHI 歌手 2016年デビュー、現在活動休止中

離婚という出来事があっても、小林さんはそれぞれの娘のデビューをプロデュースし、さらにはakkoさんのアルバムも手がけ続けています。

越野アンナさんのインスタグラムでは、母akkoさんとの仲良しツーショットを投稿する場面も。「世界一大好き!」という言葉とともにお互いへの愛を確認し合っている様子が垣間見えます。

このファミリー、まさに「血は争えない」という言葉がぴったりだと思いませんか。

小林武史の家族を調べる人向けの関連情報

小林武史さんの家族についてさらに詳しく知りたい方向けに、一青窈さんや松下由樹さんとの関係、そして小林武史さん自身のプロフィールについても詳しく解説します。

小林武史のプロフィールと音楽プロデューサーとしての経歴

小林武史さんの音楽プロデューサーとしての経歴を振り返ると、その功績の大きさに改めて驚かされます。

項目 内容
本名 小林 武史
生年月日 1959年6月7日
出身地 山形県新庄市
最終学歴 山形県立新庄北高等学校
現職 烏龍舎代表取締役社長、音楽制作者連盟理事

5歳からクラシックピアノを習い始めた小林武史さんは、10代の頃から兄の影響で様々な音楽に親しみ、特に洋楽に強い影響を受けて育ちました。

1982年には歌手の杏里さんに楽曲「思いきりアメリカン」を提供し、プロデューサーとしてのキャリアをスタート。その後、着実に実績を積み重ね、Mr.Children、サザンオールスターズ、レミオロメン、井上陽水さん、小泉今日子さんなど、錚々たるアーティストのプロデュースを手がけてきました。

Mr.Childrenとは、1992年のメジャーデビュー時から手を組み、「まっさらなバンドをプロデュースしてみたい」という思いから始まった関係が、その後の日本音楽史に残る名盤の数々を生み出すことに。

音楽活動だけでなく、環境への意識も高い小林さん。2003年には桜井和寿さん(Mr.Children)、坂本龍一さんと共に自然エネルギー推進の非営利組織「ap bank」を設立。「ap bank fes」の開催や東日本大震災の復興支援など、社会貢献活動にも積極的に取り組んでいます。

さらに千葉県木更津市では農場を運営し、「食」の循環を可視化するプロジェクトも進行中。Mr.Childrenの櫻井和寿さんとの「Bank Band」としての活動、宮城県石巻市での芸術祭「Reborn-Art Festival」の実行委員も務めるなど、その活動範囲は音楽の枠を大きく超えています。

小林武史さんは単なる「音楽を売るプロデューサー」ではなく、音楽を通じて世の中を変えようとしてきた人物だということが、キャリアを通じて伝わってきます。

一青窈との不倫関係と破局の真相

小林武史さんと元妻・akkoさんの離婚の原因として語られることが多いのが、歌手・一青窈さんとの関係です。

一青窈さんといえば、「もらい泣き」「ハナミズキ」などの大ヒット曲で知られる、実力派シンガー。小林武史さんは一青窈さんの楽曲のプロデュースも手がけており、仕事上の関係から親密さが増していったようです。

2人が急接近したとされるのが2005年7月に開催された「ap bank fes ’05」。その後、楽曲制作やプロデュースを重ねる中で関係が深まり、2007年1月に週刊誌「フライデー」がスクープ。当時「略奪愛」として世間を大きく騒がせました。

akkoさんとの離婚後、小林さんは一青窈さんと同棲を開始。ただ、その関係も順調ではなかったようで、喧嘩や別れと復縁を繰り返す不安定な日々が続いたとも報じられています。

そして2014年頃に2人は破局。交際期間は約8年に及びました。

時系列と状況から考えると、一青窈さんは結婚・子供を望んでいた一方、小林さんには前妻との間に娘が2人いることから再婚に積極的になれなかった可能性があります。二人の間に温度差があったとしても、不思議ではありません。

破局後、一青窈さんは2015年にギタリストの山口周平さんと結婚し、3人の子供に恵まれています。

小林武史さんにとっても、akkoさんにとっても、そして一青窈さんにとっても、この出来事はそれぞれの人生を大きく変えた出来事だったのかもしれません。

松下由樹との8年交際と別れの経緯

小林武史さんの「女性遍歴」として、akkoさんや一青窈さんと並んでよく語られるのが、女優・松下由樹さんとの関係です。

松下由樹さんといえば、「家なき子」「乾杯」などで知られる人気女優。小林武史さんとの交際は8年間にも及び、双方の事務所も公認する仲でした。

しかし、小林武史さんがakkoさんをプロデュースするなかで2人の関係が深まっていくと、松下さんはakkoさんの存在に気づいたといいます。

そして1995年9月、2人は正式に別れを告げました。

8年という長い時間を共にしながら、別の女性の登場によって関係が終わる——これはさすがに辛かったでしょうね。松下由樹さんは現在も独身を貫いており、この別れが彼女の人生に与えた影響は決して小さくなかったと思います。

一方の小林武史さんは、その後akkoさんと結婚。結果として松下さんを傷つける形になりましたが、当時の小林さんがakkoさんにそれほどの魅力を感じていたということでもあります。

akkoさんの「少年性」と独特の声質に惚れ込み、8年間の交際相手との関係を終わらせてまでデビューさせ、結婚を選んだ——小林武史さんという人物の、音楽と愛に対する一途さのようなものが伝わってきます。

小林武史の家族のまとめ

  • 小林武史は1959年6月7日生まれ、山形県新庄市出身の音楽プロデューサー・キーボーディスト
  • 学歴は山形県立新庄北高等学校卒業、5歳からピアノを学んだ音楽一家育ち
  • Mr.Children、サザンオールスターズ、レミオロメン、井上陽水など多数のアーティストをプロデュース
  • 1995年以前から女優・松下由樹と8年間の公認交際があったが、akkoの登場により1995年9月に破局
  • 1995年にMY LITTLE LOVERをプロデュースしakkoをデビューさせ、1996年に結婚
  • akkoとの間に長女・越野アンナ(1996年生まれ)と次女・HARUHI(1999年生まれ)の2人の娘をもうけた
  • 2人の娘はともに幼少期をニューヨーク、もしくはロサンゼルスで過ごし英語堪能なバイリンガル
  • 2005年のap bank fesで一青窈と急接近、不倫関係が2007年にフライデーでスクープされる
  • 2008年1月にakkoと正式離婚、離婚後に一青窈と同棲を開始
  • 一青窈との関係は2014年頃に破局、小林武史は現在も独身
  • 一青窈はその後2015年にギタリストの山口周平と結婚し3児の母となっている
  • akkoは2014年にマイラバ関連の会社社長・渡邊俊介と再婚し幸せな生活を送っている
  • 長女・越野アンナは2016年にanderlustとしてデビュー、2022年よりLIOに改名し活動を続けている
  • 次女・HARUHIは2016年5月に映画「世界から猫が消えたなら」主題歌「ひずみ」でデビューし現在は活動休止中
  • 離婚後も小林武史はakkoのアルバムをプロデュースするなど、仕事上の協力関係は継続している

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