関西弁CAとして人気のリュークルーさんですが、動画で語られるのはいつもオカンの話ばかりで、父親の話だけがすっぽり抜けています。
実は父親については本人が著書のなかで少しだけ触れていて、その内容が想像以上に静かで切ないものでした。
ここでは公表されている範囲だけを使って、リュークルーさんの父親と生い立ちを整理していきますね。
・リュークルーの父親について本人が語っている内容
・名前や職業がどこまで公表されているのか
・母子家庭で育った生い立ちと母オカンの経歴
リュークルーの父親と母子家庭で育った生い立ち
関西弁CAとして知られるリュークルーさんですが、父親についてはほとんど語られてきませんでした。
ここでは、本人が著書やインタビューで明かしている範囲だけを整理していきますね。
父親としての記憶がほとんど残っていない
リュークルーさんは、自身の著書のなかで家庭環境について触れています。
そこで語られているのが、物心つく前にご両親が別々の道を歩むことになったという事実です。
つまり、父親と一緒に暮らした期間そのものが、記憶に残らないほど短かったということになります。
本人の言葉としても「父親としての記憶はほとんど残っていない」という趣旨のことが書かれています。
……これ、想像すると少し切ないですよね。
リュークルーさんにとっての父親は、思い出をたどる相手ではなく、最初から情報が空白の存在だったわけです。
だからこそ、YouTubeでもオカン(お母さん)の話は山ほど出てくるのに、父親の話だけがすっぽり抜けている。
そう考えると、チャンネルを追いかけている人が「そういえばお父さんって?」と検索したくなるのも自然だと思います。
両親が別の道を歩んだ時期と当時の状況
ご両親が別々の道を歩んだ時期について、本人は「物心つく前」という言い方をしています。
はっきりした年月が公表されているわけではありませんが、リュークルーさんが大阪で生まれ育った人であることを踏まえると、ごく幼い時期の出来事だったと考えられます。
ここで押さえておきたいのは、リュークルーさんがその後ずっと母子家庭で育っているという点です。
本人は複数のインタビューで、育った家庭が母子家庭だったことを自分から明かしています。
隠している話ではなく、むしろ自分の出発点として語っている印象があります。
一方で、別れた経緯そのものについては本人も書いていません。
理由を掘り下げる材料は公表されていないので、ここは推測で埋めないでおきますね。
確かなのは、幼少期からの家庭が母と本人の形だったということだけです。
父親の名前や職業は公表されていない
検索している人がいちばん知りたいのは、たぶん「どんな人だったのか」だと思います。
ただ、この部分は本当に情報がありません。
| 項目 | 公表状況 |
|---|---|
| 名前 | 公表されていない |
| 職業 | 公表されていない |
| 年齢・生年 | 公表されていない |
| 顔写真 | 公表されていない |
| 現在 | 故人であることのみ本人が明かしている |
一部のまとめサイトでは職業について踏み込んだ書き方をしているところもありますが、本人が語った範囲には職業に関する記述はありません。
また、父親が航空業界の人だったのではという見方も見かけますが、これも根拠になる発言は見つかりませんでした。
リュークルーさんがCAという珍しい職業に就いているので、そこから連想が広がっただけのようです。
つまり、父親の人物像を組み立てられるだけの一次情報は存在しない、というのが現時点の実態になります。
なお、父親は一般の方ですので、この記事でも公表されている範囲を超えた特定につながる情報は扱いません。
消息を知ったときにはすでに亡くなっていた
ここが、父親の話でいちばん重い部分です。
リュークルーさんは著書のなかで、別れたあとの父親がどんな人生を送っていたのかも分からないまま、消息を知ったときにはすでに亡くなっていたという趣旨のことを書いています。
再会があったわけでも、和解のエピソードがあったわけでもない。
会うという選択肢そのものが、知った時点でもう消えていたということです。
正直、読んでいて胸が痛くなりました。
親子の関係が壊れたという話ですらなく、関係を持つ機会がないまま終わってしまった形なので、感情の置き場所が難しいんですよね。
リュークルーさんにとっての父親は、失った人というより、最後まで出会い直せなかった人だったということになります。
父親について語られた著書はどれか
この話が出てくるのが、2024年3月29日にKADOKAWAから発売された『国際線外資系CAが伝えたい自由へ飛び立つ翼の育て方』です。
192ページのエッセイ寄りの一冊で、CAという仕事の話だけでなく、自分らしく生きるまでの道のりが書かれています。
家族の話がまとまって出てくるのは動画よりも書籍のほうなので、詳しく知りたい人はこちらを読むのが早いと思いますよ。
晩年に通っていたという叔母の店
もうひとつだけ、父親に触れたエピソードがあります。
亡くなる少し前まで、リュークルーさんの叔母が営むお店に、客として通っていたという話です。
これ、初めて読んだときちょっと言葉に詰まりました。
親族のお店に足を運んでいたのに、本人とは会っていない。
距離としてはすぐそこなのに、線としてはつながらないままだったわけです。
意図的に近づいていたのか、たまたまだったのかは分かりません。
そこは本人も書いていないので、勝手に物語にしてしまわないほうがいいと思います。
ただ、父親という存在がまったくの他人でもなかった、という距離感だけは残るエピソードです。
母子家庭で育った大阪での幼少期
父親の話が空白である分、リュークルーさんの生い立ちは母親との時間で埋まっています。
大阪で生まれ育ち、母親と暮らしてきた。
きょうだいはおらず、一人っ子として育っています。
子どものころは一戸建てに住んでいたという話も出ていて、家庭の中心はずっとお母さんだったことがうかがえます。
金銭面や生活面の苦労を強調するような語り方はほとんどしていなくて、そこがこの人らしいなと思う部分でもあります。
父親不在という事実を悲劇として語らないのが、リュークルーさんの一貫したスタンスです。
犬を飼えなかった家庭の事情
柴犬メディアのインタビューでは、こんな話もしています。
お母さんもおばあちゃんも犬が大好きだったのに、実際には飼わなかった。
理由は「環境が整わないまま飼うのは犬がかわいそう」というお母さんの考えと、母子家庭で働いていて世話をする時間が取れなかったことでした。
そのかわりに、実家の2軒隣の家が拾ってきた雑種犬とよく遊んでいたそうです。
その子が柴犬に似ていたことが、のちに柴犬に憧れる原点になったと語っています。
……なんか、いいですよね。
飼えなかった時間が、そのまま今の暮らしにつながっているわけですから。
リュークルーの父親を調べる人向けの関連情報
父親の情報が限られている分、家族や経歴のほうが気になってくる人も多いと思います。
ここからは検索でよく一緒に調べられている項目をまとめて見ていきますね。
母親のオカンは37年勤めた元保育士
チャンネルの人気者といえば、やっぱりオカンです。
動画にたびたび登場して、関西弁でぐいぐい絡んでくるあの雰囲気にハマった人も多いはず。
このお母さん、職業は保育士で、37年間も勤め上げて2024年春に定年退職されたと紹介されています。
37年ですよ。
しかも子育てをしながらの37年なので、数字の重さが違います。
父親の記憶がないまま育った子どもを、働きながら大人にしたということでもあります。
リュークルーさんの家庭の柱が誰だったのかは、この経歴だけで十分伝わってきますよね。
定年後は一緒に旅行に出かける様子も発信されていて、親子の距離感がそのまま今も続いているのが分かります。
家族構成は母との二人暮らしだった
家族構成を整理すると、次のようになります。
| 続柄 | 分かっていること |
|---|---|
| 父 | 幼少期に別離。故人。名前・職業は非公表 |
| 母 | 元保育士。37年勤務し2024年春に定年退職 |
| 祖母 | 犬好きだったことが語られている |
| きょうだい | いない(一人っ子) |
| 叔母 | 大阪でお店を営んでいる |
同居していたのは基本的に母親との二人で、祖母についても犬好きだったというエピソードのかたちで登場します。
親族の話が出てくること自体が少ないので、公表されているのはここまでですね。
シンプルに言えば、リュークルーさんの家族の話はほぼオカンの話だということになります。
本名や年齢・身長のプロフィール
プロフィール面も、意外と非公表が多い人です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 活動名 | Ryucrew(リュークルー) |
| 本名 | 非公表(動画の自己紹介から姓は前田だとする記事あり) |
| 生年月日 | 1992年2月15日とする記事が多い |
| 出身 | 大阪府 |
| 身長 | 164cm |
| 血液型 | O型 |
| 居住地 | カナダ・バンクーバー |
生年月日については1995年4月17日と書いているサイトもあり、情報が割れています。
複数の媒体で共通しているのは1992年2月15日のほうなので、こちらが有力だと考えていいと思います。
とはいえ公式発表があるわけではないので、あくまで各サイトの記載という前提で見ておくのが安全ですね。
身長164cmと出身が大阪であることは、どのサイトでも一致している数少ない確定情報です。
大学は非公表でカナダに1年留学
学歴について、大学名は明かされていません。
分かっているのは、大学在学中にカナダへ1年間の語学留学をしていることです。
留学の時期は1年時とする記事と2年時とする記事があり、ここも割れています。
京都で1年ほど暮らし、大学時代にスターバックスでアルバイトをしていたという話も出ています。
その京都在住の話から同志社大学ではないかという噂も広がったようですが、本人がそう言った事実は確認できませんでした。
関西の外国語系・国際系の大学を挙げる記事も複数ありますが、いずれも各サイトの推測にとどまります。
大学名は非公表というのが、いまのところ唯一正確な答えです。
勤務する航空会社の社名も非公表
現在の勤務先についても、社名は公表されていません。
本人が言っているのは「カナダのエアライン」というところまでで、動画では制服のロゴにぼかしを入れる徹底ぶりです。
ここまで配慮しているということは、会社側のルールに沿って発信しているということでしょうね。
ネット上ではエアカナダ説とウエストジェット航空説の両方が出ていますが、拠点や路線から連想した推測の域を出ません。
キャリアの流れ自体は本人が語っていて、次のようになります。
| 時期 | 経歴 |
|---|---|
| 大学在学中 | カナダへ1年間の語学留学 |
| 大学卒業後 | 日系航空会社にCAとして入社 |
| 2016年ごろ(24歳) | カナダの永住権を取得して移住 |
| 移住後 | 現地の日系旅行会社でツアーコンダクター |
| その後 | カナダの航空会社でCAとして勤務 |
| 2020年 | 減便の影響でYouTubeとフードデリバリーを開始 |
| 2021年8月 | 約1年半ぶりにフライトへ復帰 |
日系から外資系へ、しかも一度地上勤務を挟んで戻っているという経歴は、CA志望の人からするとかなり参考になる道のりだと思います。
パートナーの男性と結婚の状況
リュークルーさんは、カナダ人の男性パートナーと暮らしています。
出会ったのは留学先で、そこから長い付き合いになっているようです。
パートナーの職業は政府関連の仕事だと紹介されており、年齢はリュークルーさんと近いとされています。
性格はリュークルーさんと真逆だそうで、その凸凹感が動画の面白さにもなっていますよね。
結婚の状況については、事実婚と紹介する記事と同性婚と紹介する記事があり、書き方が分かれています。
籍そのものについて本人が明言している発言は確認できなかったので、ここは断定を避けておきますね。
確かなのは、家族としての生活を公表したうえで発信しているということです。
実家の大阪と愛犬ゆずのいる今
実家は大阪です。
お母さんは現在マンション暮らしと紹介されていて、子どものころに住んでいた一戸建てからは移ったようですね。
一方でリュークルーさんの生活拠点はカナダ・バンクーバーにあります。
そして今の家族には、赤柴のオス「ゆず」がいます。
ブリーダーのもとで子犬を選んだとき、いちばん穏やかに近づいてきた子を選んだそうです。
しかも当初は女の子と聞いていたのが、あとから男の子だと訂正されたというおまけつき。
……そういうところも含めて縁ですよね。
飼えなかった子ども時代を経て、大阪からバンクーバーまで来てようやく柴犬と暮らしているという流れは、地味にいちばん感動できる部分だと思います。
リュークルーの父親のまとめ
- 父親については本人の著書のなかで触れられている
- 物心つく前に両親が別々の道を歩むことになった
- 父親としての記憶はほとんど残っていないと語っている
- 別れた理由や経緯は公表されていない
- 名前・職業・年齢・顔写真はいずれも非公表
- 航空業界の関係者だったとする説に根拠は見当たらない
- 消息を知ったときにはすでに亡くなっていた
- 亡くなる少し前まで叔母の店に客として通っていたという話がある
- 幼少期からずっと母子家庭で育っている
- きょうだいはおらず一人っ子
- 母親は元保育士で37年勤務し2024年春に定年退職
- 母親は「オカン」として動画に頻繁に登場する
- 出身は大阪府で、現在はカナダ・バンクーバー在住
- 大学名や勤務する航空会社の社名は本人が非公表としている
- カナダ人男性パートナーと柴犬のゆずと暮らしている


