オリックス・バファローズの内野手・太田椋さんといえば、ファンの間で親しまれている愛称「たまる」が有名ですよね。
この「たまる」という言葉、一度聞いたら耳に残るんですが、由来を知るとさらに面白いんです。
実は「たまる」の語源は、球団が「親子船」をテーマに作った公式Tシャツにあって、その誕生の背景には、お父さん・太田暁さんとの温かい親子エピソードが隠れています。
・「たまる」という愛称が生まれた由来と球団公式グッズとの関係
・父・太田暁さんとの「親子船」エピソードと家族の背景
・太田椋さんのプロ経歴と2025年の大ブレイクまでの軌跡
太田椋が「たまる」と呼ばれるのはなぜ?愛称の由来と誕生秘話
オリックス・バファローズの内野手・太田椋さんには、「たまる」という個性的な愛称があります。
なぜそんなニックネームがついたのか、その由来と誕生の秘話を詳しく解説していきますね。
「たまる」はどこから来た?愛称誕生のきっかけ
「たまる」という愛称、一度耳にしたら忘れられないですよね。
太田椋さんの愛称「たまる」のきっかけは、2019年1月にオリックス・バファローズが発売した「太田丸」Tシャツにあります。
このTシャツ、正式名称は「Buffaloes太田丸Tシャツ」。「太田丸」から「おおたまる」と読まれ、さらに略して「たまる」という愛称が定着していきました。
つまり「たまる」の由来は、球団公式グッズとして発売されたTシャツ名「太田丸」から生まれた、れっきとした球団公認の愛称なんです。
SNSでは「たまる」「たまらん!」と使われるようになり、あっという間にファンの間に広まりました。
プロ野球の世界では「マー君(田中将大)」「ハンカチ王子(斎藤佑樹)」のように愛称が広まった選手もいますが、太田椋さんの「たまる」は球団公式のグッズ発売がきっかけというのが、ちょっとユニークなポイントですよね。
球団公式グッズ「太田丸」Tシャツが由来だった
「たまる」の由来となった「太田丸」Tシャツ、実はきちんとした背景があります。
2019年1月27日、オリックス・バファローズは「太田椋選手・頓宮裕真選手 トークショー&握手会」を開催。
この場でグッズの発表が行われ、翌28日からBs SHOPやオンラインショップで販売が開始されました。
公式サイトの商品説明には、「父親の太田暁打撃投手と同チームへの入団となった太田選手。『親子船』をテーマに『太田丸』Tシャツを製作しました!」と記されています。
商品の概要はこちらです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 商品名 | Buffaloes太田丸Tシャツ |
| 発売日 | 2019年1月28日 |
| 価格 | 3,000円(税込) |
| 素材 | 綿100% |
| サイズ | S / M / L / XL |
| 現在の販売 | 終了(2025年3月現在) |
「太田丸」という名前は、太田さんの苗字「太田」と船の名前によく使われる「丸」を組み合わせたもの。
これが「おおたまる」→「たまる」と略されていく形で、現在の愛称が生まれたわけです。
Tシャツが誕生した背景
なぜ「親子船」というコンセプトになったかというと、太田椋さんのお父さん・太田暁さんがオリックスで打撃投手として働いていたからです。
2018年のドラフト会議でオリックスが太田椋さんを1位指名したことで、父と子が同じ球団に在籍するという特別な状況が生まれました。
球団はこの親子関係を「親子船」として表現し、グッズ化したわけですね。
父・太田暁との親子船をテーマにしたグッズ
「たまる」の愛称を語る上で欠かせないのが、父・太田暁さんとの親子エピソードです。
太田暁さんは、元近鉄バファローズの選手(内野手)で、2005年からオリックス・バファローズの打撃投手として在籍しています。
投手出身で、近鉄入団後に内野手へ転向した経歴をお持ちの方です。
太田椋さんが2018年のドラフト会議でオリックスから1位指名を受けた直後、記者会見にはお父さんの暁さんも同席。これが大きな話題になりました。
椋さんが一軍に昇格した際には、試合前の打撃練習でお父さんが打撃投手として椋さんの相手を務めることもある、という特別な親子関係が続いています。
なんか、じんわりしますよね。プロの世界で、親子がこういう形で一緒にいられるってなかなかないことだと思います。
2025年のオールスターゲームでも、椋さんのフリー打撃でお父さんの暁さんが打撃投手を務めるという親子共演が実現。椋さんは「最近、打ってなかったので、久々です。慣れているので打ちやすかった。(球宴での共演に)うれしいです」とコメントしています。
親子で同じ球団に所属し、一軍の試合でも親子で協力し合えるというのは、プロ野球史でもなかなか珍しいケースです。
オールスターでも実現した親子共演
2025年のオールスターゲームは、椋さんにとって初の球宴出場。
その舞台が、なんと2012年のオールスターゲームで椋さんが始球式を務めた京セラドーム大阪だったという因縁めいた話もあります。
13年越しで同じ舞台に主役として立ったことで、ファンやメディアからも「感動的な再来」として多くの注目を集めました。
初出場の球宴で初打席初安打を記録し、フリー打撃では父が打撃投手を務めるというドラマチックな展開に、多くの感動の声が寄せられました。
SNSで広まった「たまる」「たまらん!」の声
「たまる」という愛称がここまで浸透した理由のひとつが、SNSでの広がりです。
太田椋さんが活躍するたびに、ファンが「たまる!」「たまらん!」と投稿するのが定番になっています。
「太田椋 .408(76-31) 233安打ペースたまらん」「たまるたまらん!!!!!太田椋のファースト守備上手すぎ(定期)」といった投稿がタイムラインにあふれるほどです。
「たまる」という言葉が「たまらん!」(=たまらない!最高!)という感嘆表現と発音が似ていることも、広まりやすかった理由のひとつかもしれません。
ファンが活躍に感動したとき、自然と「たまる!」「たまらん!」という言葉が出てくる流れができたのは、愛称としてかなり秀逸ですよね。
愛称が言葉遊びとしても使いやすい形になっていたことが、SNSで爆発的に広まった大きな要因のひとつです。
また、「ポイントが!たまる!」というCMに出てほしいという声もSNSに多く見られ、ファンのユーモアとともに「たまる」という愛称がさらに親しまれています。
「はなまるたまる」タオルにも発展した愛称の定着
「たまる」という愛称は、その後も進化を続けています。
2024年にはオリックス・バファローズが「はなまるたまる」と書かれたタオルをグッズとして発売。
「たまる」にさらに「はなまる」を加えた、遊び心たっぷりのデザインです。
「はなまる」と「たまる」が韻を踏んでいて、言いやすくて語感もいい。ホームランを打ったり試合で活躍したとき、このタオルを掲げるファンがスタンドに増えているようです。
2019年の「太田丸」Tシャツから始まり、2024年の「はなまるたまる」タオルへと続くグッズ展開を見ると、球団もこの愛称を大切に育ててきたのが伝わりますよね。
愛称がグッズに昇格し、さらに新しいグッズへと発展していく流れは、太田椋さんの存在がオリックスにとってそれだけ大切になってきた証でもあります。
太田椋のたまるという愛称がなぜかを調べる人向けの関連情報
「たまる」の由来が分かったところで、太田椋さん自身のことをもっと詳しく知りたくなってきませんか?
ここでは愛称の由来を気になって調べた方に向けて、太田椋さんのプロフィールや経歴、注目ポイントをまとめてご紹介します。
プロフィールと出身地・大阪府羽曳野市
まずは太田椋さんの基本プロフィールをご紹介します。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 太田 椋(おおた りょう) |
| 生年月日 | 2001年2月14日(25歳) |
| 出身地 | 大阪府羽曳野市 |
| 身長 | 181cm |
| 投打 | 右投右打 |
| ポジション | 内野手(二塁・一塁・遊撃) |
| 所属 | オリックス・バファローズ |
| 背番号 | 1(2026年〜) |
| 推定年俸 | 7,000万円(2026年) |
| 父親 | 太田暁(元プロ野球選手・現オリックス打撃投手) |
出身地の大阪府羽曳野市は、大阪府の南東部に位置する都市。太田さんご自身も地元への思い入れは強く、「『羽曳野と言えば太田椋』と言われるぐらいにPRしていきたいと思います」と語っています。
父・太田暁さんへの憧れから、羽曳野市立高鷲南小学校3年時から軟式野球を始めたという、まさにお父さんの影響を受けた野球人生のスタートです。
小学生時代から野球の才能を発揮し、中学時代は羽曳野ボーイズに所属。2015年にはジャイアンツカップでチームを全国優勝に導き、小園海斗さんや野村大樹さんらとともにU-15アジアチャレンジマッチにも日本代表として出場しています。
輝かしいジュニア時代のキャリアが、後のドラフト1位指名へとつながっていきます。
天理高校での経歴と甲子園での活躍
中学時代の活躍が評価され、奈良県の名門・天理高等学校に進学した太田椋さん。この高校時代が、プロへの扉を開く大きなステージとなりました。
天理高校では1年生の春から対外試合でベンチ入りを果たし、夏の選手権奈良大会から正遊撃手(ショート)に定着するという、まさに1年生から主力として活躍する異例のキャリアでした。
2年時(2017年)には選手権奈良大会を優勝し、第99回全国高等学校野球選手権大会(夏の甲子園)に出場。チームは準決勝まで進み、甲子園ベスト4という輝かしい成績を残しました。
3年時(2018年)は主将として選手権奈良大会に臨みましたが、決勝で敗退。それでも大会通算5試合で打率.333(21打数7安打)、2本塁打、8打点という好成績を記録し、遊撃の守備を無失策でこなす活躍を見せています。
高校通算31本塁打の長打力
太田さんの高校時代の最大の魅力が、長打力です。
対外試合での高校通算本塁打は31本。右方向にも長打を打てるリストの強さと、ボール球を見極める選球眼が高く評価されました。
「坂本クラスの将来性」とも評されたほどの、高校生離れしたショートとしての能力が、プロスカウトから高い評価を受けることになります。
ドラフト1位でオリックスに入団した経緯
そして迎えた2018年10月のドラフト会議。太田椋さんはオリックス・バファローズから1位指名を受けました。
入団条件は契約金8,500万円、年俸800万円(いずれも推定)。背番号は31からのスタートです。
ドラフト指名の直後、記者会見にはお父さんの暁さんも同席し、親子で喜びを分かち合う様子が多くのメディアで報じられました。
「吉田(正尚)と対戦したい」というルーキー時代のコメントも残っており、その強気な姿勢がのちの成長を予感させるものでした。
ルーキーイヤーの2019年は、開幕前のオープン戦で右尺骨骨幹部骨折という不運な離脱がありましたが、同年9月14日に一軍デビューを果たしました。
プロ2年目の2020年7月16日には、プロ初安打をホームランで飾るという鮮烈なデビューを記録。21世紀生まれの選手によるNPB一軍公式戦での初本塁打という歴史的な記録でもありました。
その翌日にも本塁打を放ち、10代の選手による球団初の2試合連続本塁打という記録も樹立。最高のスタートを切ったことで、オリックスファンの間で「椋」という名前が一気に浸透しました。
さらに2022年の日本シリーズ第7戦では、サイ・スニードさんからシリーズ史上初となる「初回初球先頭打者本塁打」を放つという歴史的な一打も記録。この本塁打からオリックスは主導権を握り、5-4で勝利して26年ぶり5度目の日本一を達成しました。
高卒1位選手としての期待と、親子でのオリックス入りという話題性が重なり、太田椋さんはデビュー前から球団の注目選手でした。
2024・2025年の成績と月間MVP受賞
ケガに苦しんだ時期を乗り越え、近年の太田椋さんは確実に才能を開花させています。
2024年シーズンは91試合出場、打率.288、6本塁打、40打点という自己最高の成績を記録。
逆転打や勝負強い打撃でチームを何度も救う活躍ぶりは、「クラッチヒッター」としての評価を高めました。
そして2025年シーズン、太田さんはさらに大きな飛躍を遂げます。
3月28日の楽天戦(開幕戦)では初打席でチーム第1号となる本塁打を放つと、そのまま打率4割超えをキープ。3・4月度のパシフィック・リーグ月間MVP賞を初受賞します。
月間39安打・球団タイ記録の快挙
2025年の3・4月は、全27試合に出場してリーグトップの打率.411を記録。
長打率.542、出塁率.475、得点圏打率.480という驚異的な数字を残しました。
特に4月は月間39安打を放ち、球団の右打者最多記録に並ぶ快挙を達成。27試合中23試合で安打を記録し、14試合でマルチ安打、5試合で猛打賞という凄まじい密度でした。
シーズン通算では113試合に出場し、打率.283(リーグ4位)、10本塁打(自己最多・初の2桁)、52打点(自己最多)で規定打席にも初めて到達しています。
オールスターゲームにはファン投票・選手間投票の双方で二塁手部門に選出。2桁本塁打・規定打席到達・オールスター選出と、2025年は太田椋さんにとって完全ブレイクの1年となりました。
好調の秘訣についてご本人は「気持ちの部分が大きいですね。ある程度、結果がついてきてくれているので、そこで気持ちの余裕が出てきて『割り切る』打席を作れています」と語っています。
「割り切り」と「気持ちの余裕」というメンタルの変化が打撃を大きく変えたと本人も語っており、才能だけでなく思考の成熟が今の飛躍を支えています。
ファンが「たまらん!」とはまるイケメンの魅力
最後に、「たまらん!」と多くのファンが熱くなる、太田椋さんの魅力についてご紹介します。
プレーの実力はもちろんですが、ファンがとりわけ注目するのがその外見の魅力です。
181cmの長身と端正な顔立ちで、スーツ姿の写真がSNSに流れると「きゅるきゅるで可愛い」「かっこいい」と大反響になるほど。
「貴公子なんか?」と形容されることもある、スポーツ選手の枠を超えたビジュアルの持ち主です。
そしてもうひとつ欠かせないのが、ファン対応の丁寧さです。
遠征先でもファンサービスの時間を設けて満面の笑みで対応する姿が話題になっており、路上でサインを求められた際にもしっかりと応じたというエピソードも伝わっています。
試合でのクラッチな活躍、プレー後の礼儀正しい振る舞い、気さくなイメージ……これら全部が重なって「たまらん!」という感情が溢れ出すわけです。読んでいてこちらまで笑顔になりました。
プレーの実力はもちろん、見た目のかっこよさとファンへの真摯な対応が組み合わさって、「たまる」という愛称への愛着がさらに深まっているのだと感じます。
また、チームメイトからも可愛がられるムードメーカー的な性格であることも知られており、渡部遼人さん・宜保翔さん・紅林弘太郎さんとの「仲良し4人組」でのエピソードなどもファンの間で微笑ましく語り継がれています。
太田椋のたまるがなぜかについてのまとめ
- 愛称「たまる」は、2019年1月発売の球団公式グッズ「太田丸」Tシャツが由来
- 「太田丸」→「おおたまる」→「たまる」と略されて定着した球団公認ニックネーム
- 父・太田暁は近鉄バファローズの元プロ選手で、現在はオリックスの打撃投手
- 父と息子が同じ球団に所属する「親子船」コンセプトがTシャツのテーマになった
- SNSで「たまる!」「たまらん!」という表現が掛け言葉として広まり定着した
- 2024年には「はなまるたまる」タオルが球団グッズとして発売され愛称がさらに定着
- 太田椋は2001年2月14日生まれ、大阪府羽曳野市出身の内野手
- 天理高校では1年から正遊撃手に定着し、高校通算31本塁打の長打力を誇った
- 2年時の甲子園でチームをベスト4(準決勝)に導く活躍を見せた
- 2018年ドラフト会議でオリックスから1位指名を受け入団
- プロ2年目(2020年)に21世紀生まれとしてNPB初となる一軍初本塁打を記録
- 2022年日本シリーズでシリーズ史上初の初回初球先頭打者本塁打を放ち日本一に貢献
- 2024年は打率.288・6本塁打・40打点と自己最高の成績を残した
- 2025年は打率4割超えで月間MVPを初受賞し、規定打席初到達・初の2桁本塁打を達成
- 181cmのイケメン内野手として注目され、地元・羽曳野市への愛着が深い選手

