長澤まさみさんの母親って、結局どんな人なんだろう。そう思って調べ始めた方は多いのではないでしょうか。
父親は元サッカー日本代表という有名人なのに、母親のほうは名前も顔写真も一切出てきません。それなのに「元モデルだった」という話だけが独り歩きしているんですよね。
この記事では、本人がテレビで語った母親のエピソードを手がかりに、わかっていることと噂どまりのことをきっちり分けて整理していきます。
・長澤まさみの母親が何者で、なぜ名前も顔も出てこないのか
・「母は元モデル」という説にどこまで裏づけがあるのか
・本人がテレビで語った母親の身長・顔立ち・支えのエピソード
長澤まさみの母親は誰?名前非公表の一般女性
「長澤まさみさんの母親って誰なんだろう?」と気になって検索した方に、まず結論からお伝えしますね。
わかっている情報と、噂どまりの情報をきっちり分けて整理していきます。
母親は名前も顔も非公表の一般女性
長澤まさみさんの父・和明さんは元サッカー日本代表という有名人ですが、母親についてはまったく事情が違います。
長澤まさみさんの母親は芸能関係者ではなく、名前も顔写真も公表されていない一般の女性です。
父親の長澤和明さんはWikipediaにも詳細な経歴が載っていて、生年月日から所属チーム、指導歴まで追える人物です。
一方で母親については、名前が公表された記録がひとつも見当たりません。
顔写真も同じで、テレビや雑誌に本人が登場したという話は出てきません。
ここ、少し意外に感じませんでしたか。
娘が国民的な女優で、父親もサッカー界では名の知れた人物なので、家族ぐるみでメディアに出ていてもおかしくなさそうなものです。
でも実際には、母親は徹底して表舞台に出ていないんですよね。
母親の情報が出てくるのは本人の発言経由だけ
では、なぜ母親の話が世の中に出回っているのかというと、ほとんどが長澤まさみさん本人がテレビ番組で語ったエピソード経由です。
つまり、母親が取材を受けたわけでも、事務所が発表したわけでもありません。
娘が番組の中で家族の話をしたときに、断片的に人物像が漏れてくる、という形なんですね。
だから情報がバラバラで、まとまったプロフィールが存在しないわけです。
元モデル説に確かな裏づけはない
「長澤まさみ 母親」で検索すると、かなりの確率で「母は元モデル」という話が出てきます。
これ、気になりますよね。
ただ調べてみると、母親が元モデルだったという裏づけになる一次情報は見つかりません。
事務所の発表もなければ、本人がテレビで「母はモデルをしていた」と語った記録も出てきません。
検証している記事もいくつかあるのですが、いずれも「確かな情報は見当たらない」という結論になっています。
なかには「デマではないか」とはっきり書いている記事もありました。
噂が広まった経路を自分なりに整理すると
ここからは筆者の推測になりますが、噂が生まれた道筋はそれほど複雑ではないと思っています。
材料として確認できるのは、長澤まさみさん自身が身長169cmでスタイルの良さで知られていること。
そして母親も背が高いと本人がテレビで語っていること。
この2つが並ぶと、「あのスタイルは母親譲りらしい」という話になり、そこから「じゃあモデルをやっていたのでは」へ一段だけ飛躍する。
この一段の飛躍が、いつの間にか事実のように扱われるようになった、という流れが考えられます。
つまり出発点にあるのは母親の経歴ではなく、娘のスタイルの良さなんですよね。
もちろん、母親が過去にモデルの仕事をしていた可能性そのものを否定できるわけではありません。
ただ現時点では、「元モデル」と言い切れる根拠は存在しない、というのが正確な言い方になります。
身長は本人と並ぶと語られている
母親について、比較的はっきりしている情報がひとつあります。背の高さです。
2011年9月25日放送の「笑っていいとも増刊号」で、長澤まさみさんが母親も自分と同じくらい背が高いと明かしています。
しかも脚の長さについては、母親のほうが上だという話までしていたそうです。
自分の母親を「脚は私より長い」と紹介するの、なんだかいいですよね。
長澤まさみさん本人の身長は169cm。
日本人女性の平均が158cm前後と言われているので、かなり高いほうです。
その娘と「同じくらい」なのですから、母親もまた長身ということになります。
一部の記事では母親の身長を168cmと具体的に書いているものもありますが、これは複数の情報源で一致しているわけではないので、あくまで参考程度に見ておくのがよさそうです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 長澤まさみの身長 | 169cm |
| 母親の身長 | 本人と同じくらいと本人が発言(168cmとする記述もあるが単独情報) |
| 脚の長さ | 母親のほうが長いと本人が発言 |
| 出典 | 2011年9月25日「笑っていいとも増刊号」 |
メガネをかけると似ていると本人が発言
顔立ちについても、本人の口から語られたエピソードがあります。
2021年9月12日放送の「ボクらの時代」で、長澤まさみさんが両親に似ているという話題が出ています。
とくにメガネをかけたときに母親に似るのだそうです。
「両親を見たら、あ、あー、ってなると思います」という趣旨の話をしていたと伝えられています。
……なんか、じんわりしますよね。
顔を出していない母親の面影が、娘の素顔のほうに残っているという話ですから。
色の白さも母親譲りだという話が出ていて、スタイルだけでなく肌の質まで受け継いでいることになります。
母親の顔写真は世に出ていませんが、長澤まさみさんの顔立ちそのものが母親の面影を伝えている、ということですね。
母の性格は叱ってもくれる真面目な人
人物像についても、断片的ですが語られています。
紹介されている母親像は、「優しくて、何でもやってくれるけど、ちゃんと叱ってもくれる真面目な人」というもの。
甘やかすだけでも、厳しいだけでもない。ここのバランス感が伝わってくる表現です。
12歳で芸能界に入った娘を持つ親としては、この距離感はかなり大事だったはずですよね。
小学6年生でグランプリを取って、いきなり大人の世界に出ていくわけです。
そこで親まで浮き足立ってしまうと、子どものほうが逃げ場をなくします。
叱るところは叱る、という母親の姿勢は、娘が長く仕事を続けるうえで効いていたのかもしれません。
ただし、この人物像の記述は情報源がひとつだけなので、確定した話として受け取るよりは「そう伝えられている」という温度で読んでおくのがよさそうです。
生活面を支えていたという話も
デビュー当時、母親が衣装の準備や送り迎えといった生活面を支えていた、というエピソードも語られています。
静岡県磐田市から東京の仕事場へ通うことになるので、移動だけでも相当な負担です。
中学生が自力でこなせる話ではないので、家族の誰かが動かないと成立しません。
また、テレビ番組では母親が内職をしていたという話も出ています。
2018年5月14日放送の「スカッとジャパン」で紹介された話として、番組キャラクターのメモ帳の表紙を貼る作業をしていたという内容です。
家計を支えながら、娘の仕事にも付き添っていたということになりますね。
個人的に、この地味な作業の話がいちばん人物像を伝えている気がします。
芸能界入りのきっかけには複数の説がある
長澤まさみさんが芸能界に入ったのは、第5回(1999年度)東宝シンデレラオーディションです。
ここで母親がどう関わったのかについては、実は情報が食い違っています。
ここが今回いちばん整理が必要なところなので、丁寧に見ていきますね。
| 説 | 内容 | 出どころ |
|---|---|---|
| 母親と友人の勧め説 | 母親やその友人らの勧めで応募した | Wikipedia |
| 幼馴染の母親説 | 幼馴染の母親が広告を見つけてくれて応募した | 本人のインタビュー発言 |
| 生田智子への相談説 | 母親が生田智子さんに相談し、勧められて応募した | まとめ系サイト |
注目したいのは真ん中の説です。
長澤まさみさん本人がインタビューで「一応自分で応募しました」「幼馴染のお母さんがオーディションの広告を見つけてくれて知って受けました」と語っています。
さらに「私もたぶん、なんとなく自分でやりたいっていうふうには思ってたんだと思う」とも話していました。
本人の口から出た話なので、これがもっとも信頼できる材料です。
一方で3つ目の生田智子さんの説は、父・和明さんがジュビロ磐田の監督だった縁で、当時の選手だった中山雅史さんと家族ぐるみの付き合いがあった、という背景から語られているものです。
中山雅史さんの妻が女優の生田智子さんで、その生田さんが東宝芸能に所属していたことから、母親が相談したという流れになっています。
話としては筋が通っているのですが、本人の発言と食い違っているため、どれが本当のきっかけだったのかは確定できません。
いずれの説でも共通しているのは、母親か、その周囲の大人が動いて娘をオーディションにつなげたという点です。
12歳の子どもが自分ひとりで応募までたどり着くのは難しいので、そこに親の後押しがあったこと自体は確かでしょう。
長澤まさみの母親が誰かを調べる人向けの関連情報
母親について調べていると、自然と家族全体のことも気になってきますよね。
ここからは父親・兄・実家など、周辺の情報をまとめておきます。
父はジュビロ磐田初代監督の長澤和明
母親と対照的に、父親についてははっきりした記録が残っています。
長澤まさみさんの父は、元サッカー日本代表の長澤和明さんです。
1958年2月4日生まれで、静岡県清水市(現在の静岡市清水区)の出身。
選手としてはJリーグの前身である日本サッカーリーグでプレーし、1985年のワールドカップアジア予選にも出場しています。
技術とパスセンスに優れたゲームメーカーとして知られていた選手でした。
引退後は指導者の道へ進み、1993年にジュビロ磐田の初代監督に就任します。
その後も複数のチームで指導を続け、2015年からは清水東高校のヘッドコーチを務めています。
娘が女優として全国区になっても、自分はサッカーの現場に立ち続けているわけですね。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 長澤和明 |
| 生年月日 | 1958年2月4日 |
| 出身 | 静岡県清水市(現・静岡市清水区) |
| 身長 | 177cm |
| 主な経歴 | 元サッカー日本代表/ジュビロ磐田初代監督(1993年〜)/清水東高校ヘッドコーチ(2015年〜) |
家族構成は両親と兄を含む4人
長澤まさみさんの家族構成はシンプルです。
父・母・兄・本人の4人家族で、静岡県磐田市で育ちました。
父はサッカー、母は一般人、兄も一般人という構成なので、芸能一家というわけではありません。
いわゆる二世タレントとはまったく違う出発点なんですよね。
父親がサッカー界の人だったことで生田智子さん一家との縁は生まれましたが、芸能界に直接のコネクションがあったわけではありません。
35,153人の応募者からグランプリを勝ち取ったという事実のほうが、経歴としてははるかに重いです。
兄は2歳年上の竜太
兄の存在についても触れておきます。
長澤まさみさんには2歳年上の兄・竜太さんがいます。
かなりの長身だと伝えられていて、トーク番組では長澤まさみさんが「かっこいいお兄ちゃん」と表現していたそうです。
兄妹の仲は良好のようですね。
ただ、兄の職業について具体的な勤務先を挙げている記事も見かけますが、これは裏づけのない噂の域を出ません。
一般の方なので、この記事では踏み込まないでおきます。
実家は静岡県磐田市
生まれ育ったのは静岡県磐田市です。
父・和明さんがジュビロ磐田の監督を務めていたことを考えると、この土地に家族で暮らしていたのは自然な流れですね。
サッカーの街として知られる磐田で、日本代表経験のある父を持つ家庭で育ったわけです。
なお実家の詳しい所在地に踏み込んでいる記事も存在しますが、家族には一般の方が含まれるため、ここでは市までにとどめます。
12歳で東宝シンデレラのグランプリに
長澤まさみさんのデビューは、いま振り返ってもかなり劇的です。
第5回(1999年度)東宝シンデレラオーディションで、35,153人の応募者の中から2000年1月9日にグランプリを受賞しました。
このときの年齢は当時史上最年少の12歳、小学6年生です。
3万5千人の中から選ばれる小学生、というのは数字で見ると改めてすごいですよね。
東宝シンデレラは女優・モデル・アーティストを発掘するオーディションとして知られていて、長澤まさみさんはその代表的な輩出例として今も名前が挙がります。
所属事務所は現在も東宝芸能です。
両親に似ていると話題になる理由
最後に、母親の話に戻ります。
長澤まさみさんが「両親に似ている」と語られるとき、そこには2つの要素が入っています。
ひとつは身長とスタイルで、これは母親も長身だという本人の発言と結びついています。
もうひとつは顔立ちで、メガネをかけると母親に似るという話と、色の白さは母親譲りだという話が出ています。
母親の写真が一枚も出ていないのに「似ている」という話だけが広まっているのは、本人がテレビで繰り返し家族の話をしてきたからです。
顔を出さない母親の人物像が、娘の言葉を通じて少しずつ形になっている。
考えてみると、なかなか珍しい形の伝わり方ですよね。
長澤まさみの母親は誰かのまとめ
- 長澤まさみの母親は名前も顔写真も公表されていない一般女性
- 母親がメディアに登場した記録はなく、情報は本人のテレビ発言経由がほとんど
- 「母は元モデル」という説に確かな裏づけはない
- モデル説は娘のスタイルの良さから派生した推測とみられる
- 母親も長身で、本人と同じくらいの背丈だと本人が発言
- 脚の長さは母親のほうが上だと本人が語っている
- 出典は2011年9月25日の「笑っていいとも増刊号」
- メガネをかけると母親に似ると本人が発言(2021年「ボクらの時代」)
- 色白なのも母親譲りだと語られている
- 母親の人物像は「優しいが叱ってもくれる真面目な人」とされる
- デビュー当時は衣装の準備や送り迎えで娘を支えたと伝えられる
- テレビでは母親が内職をしていたというエピソードも紹介された
- 芸能界入りのきっかけには母親の勧め説・幼馴染の母親説・生田智子への相談説がある
- 本人は「幼馴染のお母さんが広告を見つけてくれた」と語っている
- 父は元日本代表でジュビロ磐田初代監督の長澤和明、兄は2歳年上の竜太


