「内藤剛志さんの奥さんって帽子デザイナーなの?」「お名前や馴れ初めが気になる!」そんな疑問を持って調べている方は多いのではないでしょうか。
「科捜研の女」や「警視庁・捜査一課長」など数々のドラマで活躍してきた俳優・内藤剛志さんの奥さんは、帽子デザイナーの永井みどりさん。予備校での運命的な出会いから7年の同棲を経て結婚した2人は、今も「家族はチーム」という独自の価値観のもと絆を深めています。
さらに、娘さんはスタジオジブリで活躍するアニメーター!内藤さんが声優として参加した「ゲド戦記」で親子共演したエピソードも話題になっています。
この記事を読むとわかること
- 妻・永井みどりさんのプロフィールと帽子デザイナーとしての活動
- 予備校での出会いから7年の同棲を経た馴れ初めエピソード
- 「家族はチーム」という内藤家のユニークな家族観と娘のジブリエピソード
内藤剛志の妻・永井みどりは帽子デザイナー!プロフィールと馴れ初め
「科捜研の女」や「警視庁・捜査一課長」など、数多くのドラマで存在感を放ってきた俳優・内藤剛志さん。
そんな内藤さんの奥さんが帽子デザイナーだという情報が気になって調べている方も多いのではないでしょうか。
この章では、妻・永井みどりさんのプロフィールや帽子デザイナーとしての活動、2人の馴れ初め、独特な夫婦のルールなど、内藤剛志さんの家族について詳しくご紹介します。
妻・永井みどりの帽子デザイナーとしてのプロフィール
内藤剛志さんの妻は、帽子デザイナーとして活動している永井みどり(ながいみどり)さんです。
1956年5月27日生まれで、神奈川県横浜市のご出身。
内藤剛志さん(1955年生まれ)とは実質的にほぼ同い年で、内藤さん自身も「家内は同い年」と語っています。正確には永井さんが1956年の早生まれなので学年が同じ、という意味合いのようですね。
永井みどりさんという名前は、内藤さんのエッセイ本(ISBN:9784317800744)を読んだファンのブログにて「奥さん:永井みどり 帽子デザイナー」という記述が確認されたことで広く知られるようになりました。
Wikipediaでは「一般人であるとして名前は公表していない」とされていますが、実際にはエッセイの中で内藤さん自身が公開していたようです。
また、結婚後も旧姓「永井」を名乗り続けて活動しているという点も注目ポイント。内藤家は「夫婦は対等な個人」という考え方を大切にしており、夫婦別姓の選択もその価値観の表れといえます。
芸能界とは無縁の一般人ですが、帽子デザイナーとして独自のキャリアを積んできた永井みどりさん。個性的で華やかなデザインの帽子を手がけることで知られており、ファンも多い実力派デザイナーです。
帽子展示会の活動と評判
永井みどりさんは各地で帽子の展示会を精力的に開催しています。
東急百貨店などの大型商業施設でも開催されるほど規模感があり、相当な人気のデザイナーであることがうかがえます。
実際に帽子展へ足を運んだ方からは「上品なのにとても気さくな方」「全部の帽子を冠って遊んで行ってください、とたくさんお話ししてもらった」という声も。
元HTBアナウンサーの高橋春花さんもインスタグラムで永井さんの帽子展に訪れた際の感想を投稿しており、「帽子が持つオーラに驚きましたし、何よりとてもワクワクしました」とコメント。芸能界の知り合いを持つデザイナーという顔も垣間見えます。
帽子のデザインは彩り豊かでセンスのあるものが多く、ブラックと紺のツートンカラーに大きな葉の飾りがついたものなど、ワンピースにもジーンズにも合わせられる汎用性の高いデザインが人気を集めています。メルカリなどのフリマアプリで取引されることもあるほど、一般の方々にも広く支持されているようです。
つまり、永井みどりさんは結婚後に帽子デザイナーの道を歩み始め、今では各地で展示会を開くほどの実力者として活躍しているということです。
予備校での出会いが結婚へ!7年間の同棲を経た馴れ初め
内藤剛志さんと永井みどりさんが出会ったのは、2人がまだ10代の頃のことでした。
内藤剛志さんは大阪出身。高校卒業後にサックスプレイヤーになる夢を持って上京し、最初はジャズスクールに通っていましたが、子供の頃から本気でプロを目指していた周りの生徒とのレベル差を痛感し、ミュージシャンの夢を断念します。
そのあとに大学受験を目指して通ったのが、代々木ゼミナール。
ここで内藤剛志さんは人生の転機となる出会いを果たします。
TBS系「A-Studio」(2017年12月22日放送)で内藤剛志さん自身が語ったエピソードによると——
「東京に出てきましてね。女子が欲しいじゃないですか、お付き合いする人が。代々木ゼミナールに行ったんですね。綺麗なお姉ちゃんが2人いたんです。どっちか行ったれ、と思って。」
…なんとも正直な馴れ初めですよね(笑)。
夏の強化合宿で2人の女性に目をつけた内藤さん。しかし勉強についていけず予備校から足が遠のいていたころ、ある日偶然街で一人の女性と再会します。
「一緒に茶、飲もう」と誘い、ジャズ喫茶へ連れていったのがきっかけで2人は距離を縮め、交際をスタート。
それから約7年間の同棲生活を経て、1982年に正式に結婚しました。
結婚したのは2人とも27歳のとき。長い時間を共に過ごしながら、お互いをしっかり見極めた末の結婚だったといえます。
当時から役者の道を歩んでいた内藤剛志さんと、帽子デザイナーを目指していた永井みどりさん。お互いに「ものを作る」「表現で生きる」という価値観を持つ者同士だったことも、2人の絆を深めたのかもしれません。
「家族はチーム」ユニークな夫婦のルールと絆
内藤剛志さんの家族観は、独特でとても興味深いです。
A-Studioで娘さんが語った「内藤家のルール」によると、この一家には他の家庭とはちょっと違う特別な決まりがあるとのこと。
まず一番ユニークなのが、「家族全員が名前で呼び合う」というルールです。
娘さんが保育園のころ、「お父さん」と呼ばれた際に内藤さんは「お父さんというのは役割の名前であって、自分の名前はタカシだ」と伝えたとのこと。その考え方を家族全員が受け入れ、以来娘さんは父親を「タカシ」と呼び捨てにしているそうです。
「お父さん」「お母さん」という呼び方が一般的な日本の家庭では、確かにちょっと驚きですよね。でも言われてみると、「父親」というのは確かに役割であって、個人の名前ではない。内藤さんの考え方、なんだか妙に納得してしまいます。
さらに娘さんが語ってくれた家族の価値観は、こんな言葉でした——
「家族は『チーム』で、子供は後からそこに加わったという考えかた。夫婦の行動がまず優先。そこに私が参加することが多いです。例えば旅行先でも両親は同じ部屋。私は隣の部屋に泊まるとかです。」
この言葉を受けて、内藤さんは「チームだから助けるんですよ。絶対助ける。家族っていうのは、いつか解散するじゃないですか。人間やから最期、死ぬっていうのもあると思う。だから、いる間だけはなるべく『楽しくやろうぜ』って思う」と語りました。
……じんわりしませんか、これ。
家族を一つのチームとして、それぞれが個人として尊重し合いながら支え合う——そんな内藤家の在り方が、40年以上続く夫婦関係の秘訣なのかもしれません。
内藤さんはかつて「妻は人生の同志のようなもの」「家族はチームだから助け合うのは当たり前」と語ったこともあります。また、家事も公平に分担しているというエピソードも。「夫婦は対等な存在」という姿勢が、この家族の根底に流れているんですね。
内藤剛志さんの家族観のキーワードは「チーム」と「信頼」。個を大切にしながら、お互いを尊重する姿勢がこの夫婦の絆の根底にある、といえそうです。
夫婦仲は良好!離婚や浮気の噂の真相
内藤剛志さんと永井みどりさんに関しては、ネット上で「離婚」「浮気」「不倫」といったワードが検索されることがあります。
気になる方も多いと思うので、実態をお伝えしますね。
結論から言うと、離婚や浮気・不倫を裏付けるような一次情報は見つかりませんでした。
確認できる範囲では、内藤剛志さんと永井みどりさんは1982年の結婚以来、ずっと夫婦関係を続けています。2023年時点で結婚から41年以上が経過しており、お互いを「人生の同志」と表現するほどの絆があることも、本人の発言から確認されています。
「再婚した」という噂についても同様で、「帽子デザイナーと再婚した」という情報がSNSなどで広まることがありますが、これは正確ではありません。帽子デザイナーは元からの妻・永井みどりさんのことであり、内藤剛志さんの結婚歴は一度のみです。
予備校時代に出会い、10代から50年以上の付き合いが続いている2人。その関係は離婚どころか、むしろ年月を重ねるごとに深まっているように見えます。
内藤家の「家族はチーム」という価値観が、長続きする夫婦関係の土台になっているのかもしれませんね。
娘の誕生と物作り一家の家族エピソード
内藤剛志さんと永井みどりさんの間には、1983年8月24日に一人娘が誕生しています。
この日は内藤剛志さんにとって人生に刻まれた特別な日となりました。
実は、娘が生まれたその日は、内藤さんの俳優キャリアにとっても記念すべき日だったんです。当時のエピソードを語る機会があった内藤さんはこう振り返っています——
「1983年の8月、夏に初めて仕事をしましてね。『太陽にほえろ!』なんですけど、その日、実は僕の初めての子供が生まれた日なんです。」
俳優として初めてドラマに出演した日に、娘が誕生するという奇跡のような出来事。この日を見届けてくれたのが、共演者の渡辺徹さんでした。
まだ携帯電話もない時代、公衆電話から「子供が生まれた」と渡辺さんに報告すると、渡辺さんはすぐに監督へ「内藤さんに行かせてあげてください」と申し出てくれたといいます。監督も快諾し、渡辺さんの万歳三唱に見送られながら内藤さんは撮影を離れ、生まれたばかりの娘のもとへ駆けつけることができたそうです。
渡辺さんの優しさが、内藤家にとって忘れられない思い出になったんですね。思わず心温まるエピソードです。
内藤剛志さんは2008年にベスト・ファーザー賞 in 関西を受賞するなど、良き父親としても知られています。
そんな親子の絆が伝わるエピソードがもう一つあります。
2015年1月13日にNHK「あさイチ」に出演した際、内藤さんは娘さんから誕生日プレゼントとしてパーカーをもらったことを話していました。そのパーカーは和歌山の2軒だけで作られている吊り編みのもので、1時間かけても1mしか編み進められないほど手間のかかった逸品。「すごくボリュームがあって着心地がいい」とすっかり気に入ってしまったそうです。
しかもそのパーカーが少し傷んできた頃になると、娘さんがまた新しいものを送ってくれるという心遣い。センスの良いプレゼントを父親に贈り続ける娘さんと、それを素直に喜ぶ内藤さんの親子関係……なんか、いいですよね。
また、内藤家は「ものづくり」に携わる人々が揃ったクリエイター一家でもあります。
| 家族 | 職業 |
|---|---|
| 内藤剛志さん | 俳優 |
| 妻・永井みどりさん | 帽子デザイナー |
| 娘 | スタジオジブリのアニメーター |
| 内藤さんの父 | NHK大阪放送局スイッチャー |
| 内藤さんの母 | 人形作家・押し絵の先生 |
親世代から子世代まで、みんながそれぞれの「表現」の世界で生きているというのは、やっぱり血のつながりを感じますよね。
内藤剛志の妻が帽子デザイナーであることを調べる人向けの関連情報
内藤剛志さんの妻・永井みどりさんについて調べていると、「娘はどんな人?」「内藤さんのプロフィールも知りたい」「猫好きって本当?」など、さまざまな疑問が出てきますよね。
ここでは、そういった関連情報をまとめてお伝えします。
プロフィールと経歴
内藤剛志さんの基本プロフィールを整理しておきます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | 内藤剛志 |
| 生年月日 | 1955年5月27日 |
| 出身地 | 大阪府 |
| 血液型 | O型 |
| 身長 | 183cm |
| 所属事務所 | 阪口京子事務所 |
| 最終学歴 | 日本大学芸術学部映画学科中退 |
| 趣味 | トランペット・サックスなどの楽器演奏、バイクの運転 |
内藤剛志さんは大阪出身。幼少期から表現豊かな家庭環境で育ちました(父はNHKの番組制作に携わる技術職員、母は人形作家・押し絵の先生)。
高校卒業後はサックスプレイヤーを目指して上京しましたが、プロとしての壁を感じてその夢を断念。その後は大学受験を目指して代々木ゼミナールへ通い、日本大学芸術学部映画学科に入学しています(のちに中退)。
俳優としてのデビューは1980年。映画『ヒポクラテスたち』でスクリーンデビューを果たします。
その後は端役をこなしながら着実に演技力を磨き、1994年放送のドラマ『家なき子』(日本テレビ)で相沢悟志役を演じて一躍注目される存在に。安達祐実さんを虐待する父親役で見せた迫力の演技は、視聴者に強烈な印象を残しました。
その後は「連ドラの鉄人」という異名を取るほど連続ドラマへの出演が続き、1995年1月から2001年9月まで27クール連続で連続ドラマに出演し日本新記録を樹立するという偉業を達成しています。
現在は「科捜研の女」シリーズの土門薫役などで知られ、今もドラマシーンの第一線で活躍中です。
娘はスタジオジブリのアニメーター!親子で同じ作品に携わった
内藤剛志さんの娘さんは、現在もスタジオジブリに勤務しているとみられています。
1983年8月24日生まれの娘さんは、幼い頃からジブリアニメの熱烈なファンでした。
「ジブリに入りたい」と言い始めたのは中学生のころ。その夢は本物でした。
高校生になると「フリーハンドでちゃんと描けるようになりたい」という理由で美術系の塾に通い始め、そのまま美術大学に進学してグラフィックデザインを専攻。卒業後に見事スタジオジブリに入社しました。
内藤剛志さんはA-Studioでこう語っています——
「ある日こういわれたんですよ、『ジブリに入りたい』って。子供ですよまだ、中学生くらい。でも本気らしいから。高校くらいになったら『塾に行きたい』って。なぜならば『ちゃんと描けなきゃやだ』っていうわけですよ。だから『わかった。行け』ってなってたんで、反抗するも何もないんですよ。」
自分の夢を親にしっかり伝えて、着実に目標に向かって進んだ娘さん。そしてそれをただ「応援する」に留めた内藤さんの距離感の絶妙さ。読んでいてこちらまで清々しい気持ちになりますよね。
娘と「ゲド戦記」での親子共演
内藤剛志さんは声優としても3度ジブリ作品に参加しています。
2001年の「千と千尋の神隠し」で千尋の父役、2006年の「ゲド戦記」でハジア売りの男役、2011年の「コクリコ坂から」でも出演しています。
中でも「ゲド戦記」への出演には、感動的なエピソードがあります。
娘さんがジブリに就職した際、内藤さんはジブリに挨拶に訪れました。ちょうどその時、スタジオでは「ゲド戦記」の制作が進んでいる最中だったのです。
テレビ朝日「徹子の部屋」(2008年10月10日放送)での紹介文によると、
「一人娘はなんとあの宮崎駿監督の『スタジオジブリ』で働いているという物作り一家である。しかも内藤さんは愛娘が制作に関わったアニメ『ゲド戦記』の声優を担当し、エンドロールで娘と共演できたことが嬉しかったと語る。」
という内容が記されています。
挨拶に行ったことで声優の依頼につながり、娘と同じ映画のエンドロールに親子で名を連ねるという奇跡のような展開——これはもう運命としか言いようがないですよね。
娘さんはアニメーターとして、ゲド戦記以降もさまざまなジブリ作品に関わってきたとみられています。
猫好きで知られる猫エピソード
内藤剛志さんといえば、猫好きとしても有名です。
2017年のイミダスでの対談インタビューで、内藤さんは自分の猫愛を余すところなく語っています。
当時、自宅ではソマリの「チャイ」とロシアンブルーの「ニュイ」の2匹を飼育していました。
以前はアビシニアンの「ホッチナー」と17年間一緒に暮らしていたという歴史もあります。ソマリはアビシニアンの長毛種なので、「前の子のつながりで」という選び方にも愛着が感じられますよね。
現在飼っている2匹の猫種は妻と娘さんが選んだとのこと。ここにも内藤家の「家族みんなで決める」というチームの精神が垣間見えます。
所属事務所にも猫が6匹もいて(事務員より多いらしい)、内藤さんは事務所の猫たちとも顔なじみ。ドラマ「警視庁・捜査一課長」で共演する猫のビビ(本名:黒豆)も、内藤さんの事務所の社長が飼っている猫なんだとか。
内藤さんは「ペット」という言葉を使わず、「生きもの」と呼ぶほど動物への敬意が深い方です。
「生きもの全体として捉えたときに、自分ちの猫はたまたま今、一緒に暮らしている存在という感じです」という言葉が、内藤さんの動物観をよく表しています。
娘さんがA-Studioのアンケートで「話し始めると長いです。あと、意外に猫に甘いです」と答えていたのも、なんだか笑えるほどリアルなんですよね。
実際、「猫吸い」(猫の匂いをかぐ行動)をすることも公言しており、猫への愛情は本物です。
娘に命の大切さを教えた猫との別れ
内藤剛志さんが猫を家族に迎えるようになったきっかけは、娘に「命の大切さを知ってほしい」という思いからでした。
娘さんが幼稚園のころから一緒に暮らしてきたアビシニアンの「ホッチナー」は、娘さんが5歳から22歳までの17年間を共に過ごした家族でした。
年齢とともに腎臓病が進行し、心停止に近い状態になったとき、妻は仕事中で外出中。内藤さんと娘さんが病院に駆けつけ、ホッチナーが生きているうちに間に合いました。
そのとき、生命維持装置を止めるように申し出たのは、なんと娘さんでした。
17年間一緒に生きてきた存在の最後を、自分の意思で見届ける——それを決断した娘さんを見て、内藤さんは「とても強い子だ」と感じたといいます。
「知らないところでも子供は育っている」というのを、内藤さんはそのとき実感したそうです。
……読んでいて胸が締め付けられるようなエピソードですが、同時にこの一家の絆の深さも伝わってきます。
再婚の噂はデマ!結婚歴は一度のみ
ネット上では「内藤剛志が再婚した」「帽子デザイナーと再婚した」という情報が見られることがありますが、これは正確ではありません。
内藤剛志さんの妻・帽子デザイナーの永井みどりさんは、1982年からずっと同じ方です。つまり、内藤剛志さんは一度も離婚しておらず、結婚歴は1982年の結婚1度のみです。
なぜ「再婚」という噂が広まったのかについては、「妻が帽子デザイナーという変わった職業」という情報が独り歩きし、「芸能人の妻がデザイナー=誰かと再婚した」という誤解を生んだ可能性が考えられます。あくまでも推測ですが、そういった情報の混乱が噂の根源になっているのかもしれません。
実際の内藤剛志さんと永井みどりさんは、10代の予備校時代からの付き合いで、2024年時点で出会いから50年以上の歴史がある仲。ともに俳優と帽子デザイナーとして、それぞれの道を歩みながら家族として支え合ってきた2人です。
離婚の噂についても、これを裏付ける一次情報は確認されていません。
内藤さんが「家族はチーム」「妻は人生の同志」と語るほど大切に思っている存在ですから、今後も変わらずパートナーとして歩んでいくことでしょう。
内藤剛志の妻が帽子デザイナーであることのまとめ
- 内藤剛志さんの妻は帽子デザイナーの永井みどりさんで、旧姓を名乗り活動している
- 永井みどりさんは1956年5月27日生まれ、神奈川県横浜市出身
- 帽子デザイナーになったのは結婚後のことで、現在は東急百貨店など各地で展示会を開くほどの人気デザイナー
- 2人の出会いは大学受験のために通っていた予備校・代々木ゼミナールでのこと
- 内藤剛志さんが夏の強化合宿で見つけた女性2人のうちの1人が後に妻となった
- 偶然の再会からジャズ喫茶に誘い、そのまま交際へと発展した
- 7年間の同棲を経て1982年に結婚、2人とも当時27歳だった
- 内藤家では家族全員が名前で呼び合う独自のルールがある
- 「家族はチーム」という価値観のもと、家事を公平に分担するなど夫婦の絆は深い
- 娘は1983年8月24日生まれで、スタジオジブリのアニメーターとして活躍
- 娘は中学生の頃からジブリ入りを夢見て、美大卒業後に入社した
- 内藤剛志さんはゲド戦記の声優を務め、エンドロールで娘と親子共演を果たした
- 内藤剛志さんは無類の猫好きで知られ、自宅ではソマリとロシアンブルーの2匹を飼っている
- 再婚の噂はデマで、内藤剛志さんの結婚歴は1982年の一度のみ
- 内藤剛志さんは「連ドラの鉄人」の異名を持ち、27クール連続出演の日本記録を樹立した俳優


