YUKIと旦那・YO-KINGとの馴れ初めは8年越しの友情から!ジュディマリ危機が2人を引き寄せた

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元JUDY AND MARYのボーカルとして90年代に一世を風靡したYUKIさん。そんなYUKIさんの旦那さんが、実は同じ90年代の音楽シーンで活躍した真心ブラザーズのYO-KINGさんというのは、ご存知でしたか?

2人は2000年に結婚し、すでに25年以上の夫婦生活を送っています。

その間には長男をSIDSで亡くすという壮絶な経験もありながら、今も離婚報道ひとつない強い絆を持つカップルなんです。

この記事を読むとわかること
・YUKIの旦那・YO-KING(倉持陽一)のプロフィールと人物像
・2人の馴れ初めと結婚に至るまでの経緯
・長男突然死(SIDS)の詳細と略奪愛疑惑の真相

YUKIの旦那・YO-KINGのプロフィールと馴れ初め

YUKIさんの旦那さんは、90年代の音楽シーンを彩った真心ブラザーズのYO-KINGさんです。2人の出会いから結婚、そして長年続く夫婦の絆まで、詳しくご紹介します。

旦那はYO-KING(倉持陽一)真心ブラザーズのボーカル

YUKIさんの旦那さんは、真心ブラザーズのボーカル・YO-KINGさんこと倉持陽一(くらもち よういち)さんです。

YUKIさんといえばJUDY AND MARYの元ボーカルとして知られていますが、まさかの同じ音楽シーンで活躍する大物ミュージシャンを旦那さんに持つ方なんです。

項目 内容
本名 倉持陽一(YO-KING)
生年月日 1967年7月14日
出身地 東京都豊島区
血液型 AB型
身長 174cm
学歴 都立小石川高等学校 → 早稲田大学教育学部
活動開始 1988年
所属バンド 真心ブラザーズ
所属事務所 ソニー・ミュージックアーティスツ

YUKIさんの旦那さんは真心ブラザーズのボーカルであり、早稲田大学出身という高学歴の持ち主でもあります。

真心ブラザーズのプロフィール

真心ブラザーズは、YO-KINGこと倉持陽一さんと桜井秀俊さんの2人組ロックバンドです。

1989年にデビューし、90年代の邦楽ロック界ではかなりの存在感を誇っていました。

代表曲には「サマーヌード」や「どか〜ん」などがあり、知らない人はいないほどの名曲を生み出してきたバンドです。

「どか〜ん」は高校野球の応援曲としても有名で、実は真心ブラザーズの曲だったと後から気づいた方も多いのではないでしょうか。

物静かでポジティブなYO-KINGの人物像

YO-KINGさんの人柄について、周囲からは「気取らず飾らない人」「物静かで穏やか」「ポジティブで心が広い」という評価が多く聞かれます。

また、ブランド品などには興味を示さず庶民的な生活を続けているとも言われており、音楽業界の大物とは思えないような飾らないライフスタイルが印象的です。

深く干渉しない大人の余裕があって、一緒にいると自然と安心できるような存在感なんでしょうね。

そんな人柄に、激しいジュディマリ時代を過ごしていたYUKIさんが引き寄せられたのも、なんとなく分かる気がします。

トレードマークのサングラスにも、実はおもしろいエピソードがあります。

YO-KINGさんいわく「本当はしてないほうがモテるんだよ、それは分かってる。でも、モテたくないからかけてる」とのこと。

モテ防止のためにサングラスをかけているというのは、なかなかユニークなキャラクターですよね。

ラジオ番組の共演が2人の最初の出会い

YUKIさんとYO-KINGさんの出会いは、1992年〜1993年頃のことです。

当時、エピックソニーに所属するアーティストのPVやライブ映像などを放映していた深夜の音楽バラエティ番組「eZ a GO! GO!」での共演がきっかけでした。

JUDY AND MARYも真心ブラザーズも同じエピックソニー所属だったことから、この番組を通じて自然な流れで交流が始まったのです。

当時YUKIさんはこの番組でCharaさんたちとともにパーソナリティを担当していたとのことで、ちょうどジュディマリとして活動し始めた頃のことですね。

その後、1994年8月にYUKIさんは初めて真心ブラザーズのライブを鑑賞し、YO-KINGさんの大ファンになったそうです。

この頃からYUKIさんは公の場で「あたし、今、倉持陽一さんが大好きなの!」と元気よく公言していたといいますから、なかなかオープンな性格ですよね(笑)。

さらに1995年4月には真心ブラザーズのシングル「スピード」のカップリング曲「キモちE」にYUKIさんがゲストボーカルとして参加。

こうして音楽的な接点を通じて、2人は公私ともに親交を深めていったのです。

最初の出会いから結婚まで実に約8年もの時間をかけた2人の関係は、深い信頼の積み重ねの上に成り立っています。

積極的なアプローチが実った馴れ初め

出会いの頃、YUKIさんにはJUDY AND MARYのギタリスト・TAKUYAさんとの交際があり、YO-KINGさんにも学生時代から続く長い交際相手がいました。

つまり最初から恋愛関係になれる状況ではなく、お互い別の恋人がいる”良い音楽仲間”という関係だったわけです。

状況が変わり始めたのは1997年頃から。YUKIさんはTAKUYAさんとの交際を終わらせ、その後YO-KINGさんとの距離が縮まっていきます。

YUKIさんはこの時期、声帯ポリープを患ったり仕事で自分を追い込んでいたりと、精神的にかなりしんどい時期を過ごしていました。

そんな中でいつもおおらかに楽しそうに生きているYO-KINGさんの姿に、YUKIさんは強く惹かれていったといいます。

「YO-KINGさんと一緒にいるときの自分が一番好き」と感じるようになり、やがて「この人となら結婚したい」と思うようになったそうです。

YUKIさんが積極的にアプローチを続けた結果、1999年に晴れて交際がスタート。

ずっと近くにいる音楽仲間から、気づいたら一番大切な人になっていたというこの馴れ初めは、じんわりと温かい気持ちになりますよね。

ジュディマリの危機が2人を近づけた交際のきっかけ

2人の交際が本格的に動き始めた背景には、JUDY AND MARYの内部崩壊という出来事がありました。

1998年頃から、ジュディマリのメンバー間に不協和音が生じ始めます。

アルバム「POP LIFE」の製作が難産となり、バンドを続けることへの限界感がメンバーの間に漂い始めていたのです。

このとき、仕事面でも私生活でも不安だらけだったYUKIさんが相談相手として頼り始めたのが、YO-KINGさんでした。

1998年から1999年にかけて、YO-KINGさんはYUKIさんを友人として支える時間が多くなっていったとされています。

ジュディマリが活動休止に入った1999年頃、その頻繁な相談の時間がやがて恋愛へと発展。

2人は交際宣言をし、翌2000年の結婚へとつながっていきます。

「つらいときに支えてくれた相手と恋に落ちる」というのは、なんか普遍的な人間関係のドラマを感じますよね。

ジュディマリの危機という、YUKIさんにとって一番しんどかった時期が、実は人生のパートナーを見つけるきっかけになっていたとは。

バンドの危機と私生活の転換期が重なったこの時期が、YUKIさんとYO-KINGさんの人生を大きく変えた瞬間でした。

大安に入籍・椿山荘での結婚式

2人は2000年9月30日(大安)に入籍しました。

当時、YUKIさんは28歳、YO-KINGさんは33歳。5歳差カップルです。

入籍日の決め方もなかなかユニークで、「これから普通に生活したい」という思いを込めて、こだわりなくなんとなく大安の日を選んだそうです。

2人ともソニーミュージックグループ系列のレコード会社・事務所に所属していたため、結婚の手続きは事務所と相談しながらスムーズに進みました。

実はこの入籍日、YUKIさんはジュディマリの楽曲「ラッキープール」のレコーディング中だったといいます。

また、婚姻届はYO-KINGさんが忙しかったため、なんとスタッフが代わりに提出したのだとか。

「婚姻届を出したよ」と電話で知らされたYUKIさんは「特に感慨は何もなくて、それがなんだかちょっとおかしくて、不思議でもあった」と語っており、なんとも独特な感覚ですね(笑)。

結婚式は入籍から1週間後の10月6日、東京都文京区のホテル「椿山荘」で、両家の家族と親しい友人のみを招いて執り行われました。

YUKIさんのウエディングドレスは、若林ケイジさんデザインのクラシカルな純白のもの。

仕事でいつも派手な衣装を着ているYUKIさんが、結婚式ではあえてクラシックなデザインを選んだのが印象的ですね。

プロポーズの言葉もなく、婚姻届はスタッフが代わりに提出という、従来のロマンチックな結婚イメージとはかなり異なる、2人らしいさっぱりとした結婚でした。

歌にも想いが込められた仲良し夫婦エピソード

結婚から20年以上が経過する現在も、YUKIさんとYO-KINGさんに離婚や浮気に関する報道は一切ありません。

2人の仲の良さを示すエピソードのひとつが、YUKIさんの楽曲の歌詞です。

ソロ曲「ビスケット」の歌詞の一節「ぶかぶかで青い背の高いあなたのセーターをつかんだ〜」はYO-KINGさんのことを歌っているとも言われており、恋のしたての幸せな気持ちが伝わってきます。

またYUKIさんのエッセイには、「明日死ぬとしたらどうする?」と問いかけたところ、YO-KINGさんが「いつもと変わらない日々を過ごすよ。俺はいつも本気で生きてるから」と答えたというエピソードも残されています。

この言葉ひとつで、YO-KINGさんの生き方そのものが伝わってきますよね。

「ミス・イエスタデイ」という曲の「いつまでも遊んでいられると良いな。君に口癖を真似してみる」というフレーズも、YO-KINGさんの口癖がもとになっているとのこと。

YUKIさんがYO-KINGさんの言葉や存在を大切に思っているから、こうして楽曲に染み込んでいくのかなと思います。

結婚式のウエディングパーティの後、2人で「死ぬまでよろしくお願いします」と楽しく健康に生きることを誓い合ったというエピソードも、この夫婦の絆を象徴しています。

離婚の可能性について

2000年の結婚以来、2人の間に離婚危機や浮気の報道は一度もありません。

結婚直後のJUDY AND MARY解散、2005年の長男の突然死など、夫婦として乗り越えてきた試練は決して少なくありませんでした。

それでも離れることなく寄り添ってきた2人ですから、今後も変わらない関係が続いていくと多くのファンが期待しています。

子供は3人・長男をSIDSで亡くした悲劇を乗り越えて

YUKIさんとYO-KINGさんの間には、3人の息子さんがいます。

子供 誕生時期 備考
長男 2003年4月 2005年3月に1歳11ヶ月で突然死
次男 2006年8月 2025年時点で19歳
三男 2009年5月 2025年時点で16歳

結婚してから数年は子供がなかなか生まれなかったため、ファンの間でも心配されていたそうですが、2003年4月にYUKIさん31歳・YO-KINGさん35歳のときに待望の第一子・長男が誕生しました。

ところが、その喜びから2年も経たない2005年3月17日、長男が1歳11ヶ月で突然この世を去るという、あまりにも悲しい出来事が起こります。

YO-KINGさんとYUKIさんは連名で自身のホームページに以下のコメントを投稿しました。

「いつも通り元気に過ごし、いつも通りきげん良く、いつも通り『おやすみ』と言ったままの突然のお別れでした。1年と11ヶ月の間、私たち3人は本当に幸せでした。私たちは息子を、精一杯愛しました。これからもずっと、愛しています」

……読んでいて、胸が痛くなります。本当に。

死因は乳幼児突然死症候群(SIDS)だったと報じられています。

それでも2人は前を向き続け、長男が亡くなった2ヶ月後の2005年5月20日には、日本武道館でのライブ「joyツアー」ファイナル公演をキャンセルせず完走。

MCではYUKIさんが「息子を精一杯愛しました。彼の分までしっかり生きていこうと思います」と語り、アンコールの「ティンカーベル」ではファンが大合唱でYUKIさんを支えたといいます。

YUKIさんは「33年間生きた中で一番辛かった」と振り返るこの時期を、YO-KINGさんと2人で乗り越えたからこそ、今の絆があるのだと思います。

その後2006年に次男、2009年に三男が誕生し、今ではすくすくと育った2人の息子さんとともに家族4人での生活を送っています。

yukiの旦那を調べる人向けの関連情報

YUKIさんの旦那について調べている方が気になりそうな関連情報をまとめました。YUKIさん自身の経歴やジュディマリ解散の背景、長男の死因についても触れていきます。

YUKIのプロフィールと経歴

ここで、旦那さんのYO-KINGさんへの理解をより深めるために、YUKIさん自身のプロフィールも改めて整理しておきましょう。

項目 内容
本名 倉持有希(旧姓:磯谷有希)
生年月日 1972年2月17日
出身地 北海道函館市
血液型 A型
学歴 函館市立深堀中学校→遺愛女子高等学校→函館大谷短期大学
ジャンル J-POP、GiRLPOP
活動期間 1992年〜
所属レーベル エピックレコードジャパン

北海道函館市出身で、函館大谷短期大学卒業後に上京してJUDY AND MARYのボーカルとして活動を開始しました。

1993年のメジャーデビュー以降、「そばかす」「Over Drive」「小さな頃から」「Hello! Orange Sunshine」など続々とヒット曲を生み出し、90年代のJ-POPシーンをけん引する存在に。

2001年のJUDY AND MARY解散後は、2002年にシングル「the end of shite」でソロ活動をスタートさせ、現在も第一線で活動を続けています。

現在まで一貫して独自の音楽性を保ちながら活動するYUKIさんは、多くのファンから「年齢を重ねても変わらずかわいい」と愛され続けている唯一無二の存在です。

JUDY AND MARYの解散経緯

JUDY AND MARYは2001年3月8日の東京ドームでのライブをもって解散しました。

解散の直接のきっかけとなったのは、5枚目のアルバム「POP LIFE」の製作過程でした。

このアルバムは難産となり、バンドとして続けることへの無理がメンバー全員に認識されるようになっていきます。

1999年の活動休止期間中にメンバーそれぞれがバンド外での音楽活動を行い、改めてバンドの方向性を見つめ直した結果、ベーシストの恩田快人さんから「このまま続けていくことはできない」という申し出があったとされています。

本来は恩田さんは3人(YUKI・TAKUYA・恩田)での継続を望んでいたとも言われていますが、最終的には解散という形になり、2001年1月9日に全国紙の全面広告で解散を発表。

東京ドームでの解散ライブには多くのファンが集まり、その後も再結成を望む声は年々高まっています。

解散から約5年後に発売されたベストアルバムはオリコンで最高2位を記録し、再結成して欲しいバンドランキングでも1位になったことがあるほどです。

人気絶頂の中での解散だったからこそ、今でも多くのファンがジュディマリ再結成を夢見ているのでしょうね。

長男の死因SIDSとは何か・タバコ説は事実か

2005年3月に長男を亡くした際、死因について誤った情報が広まったことがありました。

一部では「YUKIさんのタバコの副流煙が原因ではないか」という噂が流れていたのです。

しかし、これはまったくの事実無根です。

長男の死因は乳幼児突然死症候群(SIDS:Sudden Infant Death Syndrome)だったとされています。

SIDSとは、これまで健康だった乳幼児が睡眠中に突然死亡してしまう症候群で、原因不明の病気です。

乳児の約7000人に1人の確率で発症し、0歳児の死亡原因の第3位にも挙げられています。

YUKIさんとYO-KINGさんの投稿にも「いつも通り元気に過ごし、いつも通りきげん良く、いつも通り『おやすみ』と言ったままの突然のお別れ」と記されており、前夜まで何の異変もなかったことが分かります。

その後インターネットが普及し、SIDSについての正しい知識が広まると、根拠のないタバコ副流煙説は自然と収束していきました。

SIDSは防ぎようのない突然の悲劇であり、特定の行動が原因になるわけではありません。誤った情報を広めることはご遺族にとっても大変つらいことです。

YO-KINGとの略奪愛疑惑の真相

YUKIさんとYO-KINGさんの結婚をめぐっては、「略奪愛だったのではないか」という声があります。

というのも、YO-KINGさんには交際当時、学生時代から続く長い交際相手がいたからです。

YUKIさんがYO-KINGさんに惹かれ積極的にアプローチをしていたことは本人も認めており、当時YO-KINGさんに彼女がいたことも事実です。

ただし、これを意図的な略奪と見るかどうかは難しいところです。

時系列で見てみると、YUKIさんはTAKUYAさんとの交際を1997年頃に終わらせており、その後YO-KINGさんとの関係が深まっていったのは1998〜1999年のジュディマリ危機の頃のことです。

YO-KINGさんの側にも、この頃に従来の交際相手との関係が変化していたと見られています。

意図的な略奪というよりは、「頼りにしていた相手にたまたま彼女がいて、結果的にそういう形になってしまった」という見方も多くあります。

いずれにせよ、2000年から2025年まで25年以上続く夫婦関係を見れば、2人の結婚が本物であることは明らかです。

略奪愛疑惑の詳細は不明ですが、長年にわたって音楽仲間として培ってきた深い信頼関係がベースにあることは確かです。

yukiの旦那のまとめ

  • YUKIさんの旦那は真心ブラザーズのボーカル・YO-KING(本名:倉持陽一)
  • YO-KINGは1967年7月14日生まれ、東京都豊島区出身、早稲田大学卒業
  • 2人の出会いは1992〜1993年頃、エピックソニー系の深夜音楽番組「eZ a GO! GO!」での共演がきっかけ
  • 1994年8月にYUKIさんが真心ブラザーズのライブを観て以降、積極的にアプローチを続けた
  • 1998〜1999年のJUDY AND MARY危機の時期にYO-KINGさんが相談役として支え、交際がスタート
  • 結婚は2000年9月30日(大安)。当時YUKI28歳、YO-KING33歳の5歳差婚
  • 結婚式は東京文京区の椿山荘で、家族・親友のみを招いて行われた
  • 婚姻届はYO-KINGが多忙のためスタッフが代理提出するという独特な形だった
  • YO-KINGは物静かでポジティブ、庶民的な生活を続けるブランドに無頓着な人柄
  • サングラスのトレードマークは「モテ防止のため」というユーモアのある理由
  • 長男は2003年4月に誕生したが、2005年3月に乳幼児突然死症候群(SIDS)で1歳11ヶ月にして亡くなっている
  • 長男死去の2ヶ月後、YUKIさんは日本武道館ライブを予定通り完走し「彼の分まで生きる」と語った
  • 2006年に次男、2009年に三男が誕生し、現在は4人家族
  • 結婚から25年以上が経過するが、離婚や浮気に関する報道は一切ない
  • YUKIさんの楽曲「ビスケット」「ミス・イエスタデイ」などの歌詞にはYO-KINGさんへの想いが込められているとされる

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