KING OF DANCE初代王者に輝いた桑原巧光さんの父親はどんな方だったのでしょうか。
建築士だった父・和哉さんは、自宅に鏡張りの練習スペースを作るなど全力で巧光さんのダンス活動をサポートしていました。
この記事では、桑原巧光さんの父親の職業や親子エピソード、家族構成から学歴・彼女の噂までまとめてお届けします。
・桑原巧光の父親の職業と息子を支えたエピソード
・父・和哉が大動脈解離で亡くなった経緯と「父との約束」
・家族構成や母の教育方針、学歴、彼女の噂
桑原巧光の父親は建築士!職業や親子エピソード
THE JET BOY BANGERZのメンバーであり、KING OF DANCE初代王者にも輝いた桑原巧光さん。
そんな巧光さんの父親がどんな方だったのか、職業や親子の感動エピソードを詳しくまとめました。
父・和哉の職業は建築士
桑原巧光さんの父親の名前は和哉(かずや)さんです。
職業は建築士をされていました。
巧光さんがダンスの大会でなかなか結果を出せず悔しい思いをしていた頃、和哉さんは息子のために自宅をリフォームしてくれたんです。
具体的には、リビングから階段へ行くまでの空間に壁一面の鏡を張って、まるでダンススタジオのような練習スペースを作ってくれました。
建築士という職業だからこそ実現できた、まさに父ならではのサポートですよね。
巧光さんは県外の大会から帰宅すると夜12時を過ぎることもあったそうですが、そこから自宅の鏡張りスペースで練習を始めるほどのめり込んでいったとのこと。
和哉さんが作った練習スペースがなければ、今の桑原巧光さんのダンサーとしての姿はなかったかもしれません。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 父親の名前 | 和哉(かずや) |
| 職業 | 建築士 |
| 家族構成 | 父・母・姉・巧光さんの4人家族 |
自宅に鏡張りの練習スペースを作った父の愛
和哉さんが自宅に練習スペースを作ってくれた背景には、巧光さんの悔しさがありました。
巧光さんは小学生の頃からダンスの大会に出場していましたが、なかなか結果がついてこなかったんです。
周りの男の子たちが結果を出す中、自分だけ負けてしまう状況が続いていたそう。
その悔しさをバネに、大会からの帰宅後に深夜まで練習するようになった巧光さんを見て、和哉さんは「この子のためにできることをしよう」と考えたのでしょう。
和哉さんはダンス活動だけでなく、巧光さんの大学生活も全面的にサポートしてくれました。
巧光さんが早稲田大学法学部に合格した時には、和哉さんは大喜びしてくれたそうです。
息子の頑張りをしっかり見守り、必要な時に手を差し伸べてくれる、そんな温かい父親だったことが伝わってきますね。
iCONZ挑戦に反対した父の本音
巧光さんが大学生とプロダンサーの二足のわらじで活動していた頃、LDH史上最大のオーディション「iCONZ」への挑戦を決意します。
しかし、この挑戦に対して和哉さんは反対していたんです。
「全てが中途半端になるのでは」と、学業とダンス活動の両立に加えてオーディションまで加わることを心配していたようですね。
ここ、気になりますよね。
和哉さんの心配はもっともで、早稲田大学法学部の勉強、D.LEAGUEのプロダンサーとしての活動、そこにさらにオーディションとなれば、どれも中途半端になってしまうリスクがあります。
しかし、巧光さんはiCONZに全力で挑戦することを決意し、その姿を見た和哉さんはついに納得してくれたとのこと。
和哉さん自身も巧光さんに「一度やると決めたことは途中で諦めたり、なあなあになったりせず、やり切ること」と伝えていたそうです。
息子がその教えを体現しようとしている姿に、反対を取り下げたのかもしれません。
大動脈解離で急逝した父
しかし、和哉さんが巧光さんのiCONZ挑戦を認めてくれた矢先、悲劇が起こります。
和哉さんが大動脈解離で突然亡くなってしまったのです。
大動脈解離は、心臓から全身に血液を送る大動脈の壁が裂ける病気で、発症すると急激な胸や背中の痛みが起こり、緊急手術が必要になるケースが多い非常に怖い病気です。
和哉さんは巧光さんの早稲田大学卒業を見届けることなく、この世を去ってしまいました。
息子のダンサーとしての飛躍も、大学の卒業式も、最後まで見届けることができなかったのは本当につらいことですよね。
巧光さんにとって、それまで全力で支えてくれていた父の突然の死は計り知れないほどのショックだったことでしょう。
父との約束を果たした早稲田大学卒業
深い悲しみを抱えながらも、巧光さんは学業とダンスの両立をやり切る決意を揺るがせませんでした。
2023年3月、巧光さんは早稲田大学法学部を無事に卒業。
この時、自身のX(旧Twitter)で「本日、早稲田大学法学部を卒業しました!支えてくれた家族や友達に感謝です。ダンスとの両立無事やり切り、父との約束を果たせました。見てくれてるかな〜!」と報告しています。
「父との約束を果たせました」という言葉から、和哉さんとの間にダンスと学業の両立をやり切るという約束があったことがわかりますね。
和哉さんが常々言っていた「一度やると決めたことはやり切ること」、まさにその教えを体現して見せた巧光さん。
天国の和哉さんもきっと、息子の姿を誇らしく思っていることでしょう。
家族構成は父・母・姉の4人家族
桑原巧光さんの家族構成は、父・母・姉・本人の4人家族です。
実家には犬もいるそうですよ。
| 続柄 | 名前 | 備考 |
|---|---|---|
| 父 | 和哉(かずや) | 建築士。大動脈解離で他界 |
| 母 | 啓子(けいこ) | 褒めて伸ばす教育方針 |
| 姉 | 非公表 | ストリートダンスをしていた |
| 本人 | 桑原巧光 | 2000年5月19日生まれ |
巧光さんの家族はいわゆる一般家庭で、ご家族の詳細な情報はあまり公表されていません。
ただ、エピソードから家族仲はとても良好で、特に父の和哉さんと母の啓子さんの教育方針がうまくかみ合っていたことがうかがえます。
福島県で育った巧光さんは、大学進学とともに上京して一人暮らしを始めました。
母・啓子は褒めて伸ばす教育方針
巧光さんの母親の名前は啓子(けいこ)さんです。
啓子さんの教育方針は「褒めて伸ばすタイプ」だったとのこと。
巧光さんによると、「すごいね」と褒められることが多く、「勉強しなさいよ」という言葉はなかったそうです。
基本的には放任主義というか、子どもの好きなことを伸ばしていくスタイルだったのかなと思います。
「中途半端はダメだよ」という母の教え
ただし、啓子さんには一つだけ強く言い続けていたことがあります。
それが「中途半端はダメだよ」という言葉。
好きなことを自由にやらせてくれる一方で、何事も最後までやり切る大切さはしっかり教えていたんですね。
父の和哉さんの「やると決めたことはやり切れ」と通じるものがあり、ご両親の教育方針が一貫していたことがわかります。
この両親の方針があったからこそ、巧光さんはダンスに打ち込みながらも勉強をおろそかにせず、高校3年生の秋の全国模試で国語県1位、そして早稲田大学法学部合格という文武両道の成果を出せたのでしょう。
桑原巧光の父を調べる人向けの関連情報
桑原巧光さんの父親について調べている方は、巧光さん自身のことも気になっているのではないでしょうか。
ここでは姉の存在や学歴、彼女の噂、ダンサーとしての実力などをまとめてお届けします。
姉の影響でダンスを始めた経緯
桑原巧光さんがダンスを始めたきっかけは、実はお姉さんの存在でした。
巧光さんは福島県出身で、もともと幼少期は野球一筋だったんです。
しかし2011年、小学5年生の時に東日本大震災が発生。
震災の影響で外出が自粛される状況となり、大好きだった野球ができなくなってしまいました。
体を動かしたくてうずうずしていた巧光さんは、お姉さんが通っていたストリートダンスのスクールの発表会を見に行きます。
そこで、新しく来た男性の先生がポップダンスをかっこよく踊っているのを見て「やりたい!」と思ったそう。
もともとお姉さんのダンススクールには男の子の生徒がほとんどいなかったこともあり、あまり興味がなかったとのことですが、男の子の生徒も2〜3人入っていたことが後押しになり通うことを決意。
ここから巧光さんのダンス人生がスタートしました。
姉の見ていた海外映画に憧れた幼少期
ちなみに、巧光さんは小さい頃からお姉さんの影響を受けていたようです。
お姉さんが見ていた海外映画の中で、男性がスマートにレディファーストをしているシーンに憧れて、自分も親戚の女性の荷物をよく持ってあげていたのだとか。
子どもの頃からそんなジェントルマンな一面があったんですね。
高校は偏差値68の福島県立福島高校
桑原巧光さんの出身高校は、福島県立福島高校です。
福島高校は福島県内でもトップクラスの進学校で、偏差値は68。
巧光さんはダンスで全国的に活躍しながらも、この進学校に一般入試で合格しています。
高校時代もダンスの大会に出場し続けており、学業との両立は相当ハードだったはず。
それでも高校3年生の秋には全国模試の国語で福島県1位を獲得するなど、とてつもない文武両道ぶりを発揮しています。
| 学校 | 偏差値 | 備考 |
|---|---|---|
| 福島県立福島高校 | 68 | 県内トップクラスの進学校 |
| 早稲田大学法学部 | – | 一般入試で2019年に合格 |
早稲田大学法学部に一般入試で合格した学歴
巧光さんは2019年4月に早稲田大学法学部に入学しました。
注目すべきは、推薦やAO入試ではなく一般入試で合格しているという点。
ダンスの練習後に徹夜で勉強するという生活を送っていたそうで、ENCOUNTのインタビューでもその過酷な日々を語っています。
大学進学とともに福島県から上京し、一人暮らしを始めました。
大学在学中にはプロダンスリーグ「D.LEAGUE」のCyberAgent Legitにリーダーとして参加するなど、ダンサーとしてのキャリアも本格化。
コロナ禍でのオンライン授業もうまく活用しながら、4年間で卒業を果たしています。
「将来の選択肢を広げたい」という思いから法学部を選んだとされていますが、結果的にはダンサー・アーティストとしての道を歩むことになりました。
ただ、大学で学んだことが今後の活動に生きてくる場面もあるかもしれませんね。
彼女の噂や好きなタイプは?
桑原巧光さんに彼女がいるかどうかですが、現時点で交際相手の情報は公表されていません。
大学時代はD.LEAGUEのプロダンサーとして活動しながら早稲田大学法学部の勉強もこなし、さらにiCONZオーディションにも参加するという超多忙な日々を送っていました。
正直、恋愛に割く時間はほとんどなかったのではないかなと思います。
現在もTHE JET BOY BANGERZのメンバーとして活動しつつ、CyberAgent Legitのリーダーも務めているので、スケジュールはかなりタイトなはず。
ちなみに、巧光さんの好きなタイプは「くしゃっと笑う人」だそうです。
また、ギャップのある人に弱いとも語っており、普段と違う服を着ている時にグッとくるのだとか。
今後、素敵な出会いがあるといいですね。
KING OF DANCE初代王者に輝いた実力
2025年2月10日、TBS系で放送された特番「その道のプロが選ぶ本当のNo.1 プロフェッショナルランキング」にて、桑原巧光さんがKING OF DANCE初代王者に輝きました。
この番組は、芸能界で活躍するダンサーたちの中から最も優れた「本当のNo.1」を決めるもの。
巧光さんは浦川翔平さん(THE RAMPAGE)、木村柾哉さん(INI)、中務裕太さん(GENERATIONS)、ユーキさん(超特急)とのバトルを制し、なんと審査員5人全員からの満票で栄冠を手にしました。
「スキル怪物級」との声も上がるほどの圧倒的なパフォーマンスだったようです。
D.LEAGUEでのMVD2度受賞と完全優勝
巧光さんの実力を裏付けるのが、D.LEAGUEでの実績です。
CyberAgent Legitのリーダーとして、22-23シーズンと23-24シーズンの2年連続でシーズンMVD(Most Valuable Dancer)を受賞しています。
さらに24-25シーズンでは、CyberAgent LegitがD.LEAGUE史上初の完全優勝を達成。
また、海外での活躍も目覚ましく、16歳の時にはニューヨークのアポロシアターで行われるアマチュアナイトに出場して優勝。
ロンドンの人気オーディション番組「Britain’s Got Talent」ではゴールデンブザーを獲得するなど、世界レベルの実力を証明しています。
| 実績 | 詳細 |
|---|---|
| KING OF DANCE初代王者 | 2025年2月、審査員満票で優勝 |
| D.LEAGUE MVD | 22-23、23-24シーズン2年連続受賞 |
| D.LEAGUE完全優勝 | 24-25シーズン(CyberAgent Legit) |
| アポロシアター優勝 | 16歳で出場し優勝 |
| Britain’s Got Talent | ゴールデンブザー獲得 |
GENERATIONSの振り付けを担当したり、ディーン・フジオカさんのバックダンサーを務めたりと、ダンサーとしての活動の幅も広がっています。
また、地元の福島市へのロケや釜石小学校でのダンス授業など、地元への恩返し活動も行っており、人間的にも素晴らしいダンサーですよね。
桑原巧光の父のまとめ
- 桑原巧光の父親の名前は和哉(かずや)で、職業は建築士だった
- 和哉は自宅の壁を鏡張りにリフォームし、息子のダンス練習スペースを作った
- 大会で負け続けた巧光のために、深夜の練習環境を整えた父の愛情が深い
- 和哉は大動脈解離で急逝し、巧光の早稲田大学卒業を見届けられなかった
- iCONZ挑戦には当初反対していたが、巧光の本気の姿を見て納得した
- 和哉の教え「一度やると決めたことはやり切ること」が巧光の原動力になっている
- 巧光は2023年3月に早稲田大学法学部を卒業し「父との約束を果たした」と報告
- 家族構成は父・母・姉・本人の4人家族で実家には犬もいる
- 母・啓子は褒めて伸ばす教育方針で「中途半端はダメだよ」が口癖
- ダンスを始めたきっかけは東日本大震災で、姉が通うスクールの発表会がきっかけ
- 高校は偏差値68の福島県立福島高校で、全国模試の国語で県1位を獲得
- 早稲田大学法学部には一般入試で合格した文武両道の秀才
- 彼女の情報は公表されておらず、好きなタイプはくしゃっと笑う人
- 2025年2月にKING OF DANCE初代王者に審査員満票で輝いた
- D.LEAGUEでMVD2年連続受賞、アポロシアター優勝、BGTゴールデンブザー獲得の世界レベル


