プリンセス天功さんのすっぴんが気になったことはありませんか?
いつも華やかなステージメイクで登場する天功さんですが、実はアメリカとの契約で素顔を見せられない驚きの事情があるんです。
この記事では、若い頃のナチュラルな姿からメイクが濃い本当の理由、さらに年齢や収入、結婚の噂まで詳しくまとめました。
・プリンセス天功のすっぴんに最も近い若い頃の姿とアイドル時代の素顔
・メイクが濃い理由と100項目以上のアメリカとの契約ルール
・結婚・収入・埋蔵金など天功さんの驚きのプライベート事情
プリンセス天功のすっぴんとメイクが濃い理由
プリンセス天功さんのすっぴんが気になるという方はとても多いですよね。
ここでは若い頃のナチュラルな姿から、メイクが濃い本当の理由、顔が変わったと言われる背景まで詳しくお伝えしていきます。
若い頃のすっぴんに近い姿がかわいい
引用元:X
プリンセス天功さんといえば、いつもバッチリきまった華やかなメイクが印象的ですよね。
ステージ上では完璧な衣装とメイクで登場するため、「素顔ってどんな感じなんだろう?」と気になっている方も多いのではないでしょうか。
実は、公式に「すっぴん」として公開された写真は今のところ見つかっていません。
ただ、プリンセス天功さんが「朝風まり」という芸名でアイドル歌手として活動していた1970年代後半の写真を見ると、現在とはまったく違うナチュラルな印象を受けるんですよ。
アイドル時代の朝風まり
1978年に「ザ・マジック」でアイドル歌手としてデビューした当時の天功さんは、手品を交えた異色のパフォーマンスで注目を集めていました。
当時の歌い方は山本リンダさんのようだったそうで、不思議な歌詞も話題になったんですね。
さらに、バラエティ番組『8時だョ!全員集合』にもレギュラー出演していたというから驚きです。
ザ・ドリフターズの仲本工事さんと体操をする役で毎週出演していたそうですよ。
特撮出演時のナチュラルな姿
天功さんの初女優作品は、特撮ドラマ『電子戦隊デンジマン』でした。
当時の写真を見ると、目元や口元のメイクは控えめで、自然な笑顔がとても印象的なんです。
完全なノーメイクではないものの、現在の舞台メイクとは比べものにならないほどナチュラルで、「素顔に近いかわいさ」がよく伝わってくる写真です。
整った顔立ちは10代後半の頃からすでに際立っていて、面影もしっかり感じられますよ。
こうした若い頃のナチュラルメイク時代の写真が、プリンセス天功さんのすっぴんに最も近い姿として知られています。
メイクが濃いのはアメリカとの契約
プリンセス天功さんのすっぴんがほとんど見られない背景には、単に非公開にしているだけではない特殊な事情があるんです。
それは、アメリカの大手エンターテイメント企業と結んでいるキャラクター演出の契約が関係しています。
100項目以上の外見ルール
プリンセス天功さんはアメリカを中心に「TENKO」の名前で広く知られ、なんとアニメ化やバービー人形化されるほどの人気キャラクターになりました。
このアメリカ側との契約には、前髪の長さや爪の色、口紅の色に至るまで、100項目以上にも及ぶ外見に関する細かい取り決めがあるそうなんです。
髪型から爪の先まで、まつ毛の角度に至るまですべてが細かくルールで決められているというのは、ちょっと想像を超えていますよね。
金髪にして国際裁判沙汰に
この契約がどれほど厳しいかを物語るエピソードがあります。
天功さんは過去に、日本で茶髪や金髪が流行っていた時期に「私もやったらかわいいかな?」と思い、金髪に染めたことがあったそうです。
そのままうっかりテレビに出演してしまったところ、なんと国際裁判にかけられてしまったのだとか。
あやうく何億ドルもの違約金を支払うところだったそうで、笑い話にしていましたが、実際には相当大変な状況だったのではないでしょうか。
このように、プリンセス天功さんの外見はエンターテイメント作品としての完成形であり、メイクもキャラクターを守るために必要不可欠な要素なんですね。
だからこそ、すっぴんを見せる機会がほとんどないのも納得です。
顔が変わったと言われる理由
近年、ネットやSNSで「プリンセス天功さんの顔が変わった」「老けた」といった声が上がることがあるようです。
ここ、気になりますよね。
では実際にプリンセス天功さんの外見はどのように変化してきたのか、年代別に見ていきましょう。
年代別の外見変化
| 年代 | 年齢(推定) | 特徴 |
|---|---|---|
| 10代〜20代(1978年頃) | 19〜20歳 | アイドル歌手・朝風まりとして活動。ナチュラルメイクで素朴な印象 |
| 30代(1980年代) | 20代後半〜30代 | 2代目引田天功を襲名。現在に近い妖艶なイメージが確立 |
| 40代(2000年頃) | 41歳前後 | やや年齢を感じる変化。目元の印象がメイクにより変化 |
| 50代(2013年頃) | 54歳頃 | 吉本興業に所属。年齢を感じるものの同世代と比較すると若い印象 |
メイク・加齢・加工の複合要因
「顔が変わった」と感じる人が多い理由は、1つの原因ではなく複数の要因が重なっているためと考えられています。
まず最も大きい要因がメイクです。
プリンセス天功さんは契約上、日常でもステージメイク並みの化粧を施していると言われています。
メイクは光の加減や角度によって印象が大きく変わるため、特に目元のアイラインやアイシャドウが濃いことで「二重の幅が違う」「目が大きくなった」と感じられることがあるんですね。
次に、加齢による自然な変化があります。
フェイスラインの丸みや頬のふくらみは、年齢による脂肪の移動や骨格の変化の可能性が高いです。
さらに、SNSで公開される画像や記事に使われる写真にはフィルターや加工がかかっていることもあります。
天功さん自身は過去のインタビューで「整形はしていない」「メイクで表情を変える技術がある」と語っていますよ。
長年「変わらない姿」を保ち続けてきたからこそ、ほんの少しの変化でも「顔が変わった」「老けた」という印象を持たれやすくなっているのかもしれませんね。
年齢は非公表で永遠の24歳
プリンセス天功さんの年齢は公式には非公表とされています。
テレビ出演時も「年齢非公表」と表記されることが多く、本人も年齢についてはっきりとは語っていません。
契約上の「永遠の24歳」
これにはアメリカでの契約が深く関係しているようです。
米国の代理人との契約で「永遠の24歳でいなければならない」という取り決めがあるとのことで、番組出演時にもこのエピソードが紹介されています。
一般的な情報によると、天功さんは1959年生まれとされていますが、本人がこれを公式に認めたことはなく、あくまで非公表というスタンスを貫いているんですね。
若さの秘訣は再生医療
では、どうやって若さを保っているのかというと、その秘訣は「再生医療」にあるそうです。
2025年6月放送のフジテレビ「奇跡体験!アンビリバボー」に出演した際、天功さんは自身の美容法について語りました。
具体的には、自分の血液や脂肪を少し採取し、それを培養してから体に戻すという医療行為で、「自分の細胞で元気になる」のだとか。
天功さんいわく「私の今の細胞はJK(女子高生)と同じくらいの細胞がある」と言われたそうですよ。
気になるお値段は1回あたり数千万円で、これを年に2回ほど受けているそうです。
イリュージョンでは2メートルほどの高さから飛び降りることもあるそうですが、再生医療のおかげでケガの回復も早く、体力を維持しながら公演を続けられているのだとか。
スケールが違いすぎて驚きですよね。
現在も年間300ステージで世界を飛び回る
プリンセス天功さんは現在も精力的に活動を続けています。
その活動量はなんと年間300ステージにも及ぶんです。
世界各国での公演
アメリカ、ヨーロッパ、アジアなど世界各国を飛び回りながらイリュージョンショーを披露しています。
海外公演は年間約200公演にもなるそうで、残りの100公演ほどが国内公演という計算になりますね。
2025年には大阪城公園で開催された食の祭典『大阪グルメEXPO2025』でイリュージョンショーを行い、華やかさとスリル、そして感動を兼ね備えたステージを披露しました。
天功さんは「私のショーを見ると縁起がいいと言われている」とも話しており、エンターテイナーとしての自信がうかがえますね。
独特のライフスタイル
世界を飛び回る天功さんのライフスタイルもかなり独特です。
朝昼晩の食事は一切とらず、メキシコ人のシェフに作ってもらった高カロリーのクッキーを少し食べるだけなんだとか。
いわゆる宇宙食のような完全食で栄養を補っているそうですよ。
また、体を鍛える際は筋肉ではなく「筋力」を重視していて、体長3メートル・体重150キロのライオンが飛びかかってきても受け止められるように、体幹や瞬発力を鍛えているというのだから驚きです。
ジムには行かず自宅で地道にトレーニングしているそうで、プロとしての徹底ぶりが伝わってきますよね。
宇宙旅行にも興味があるそうで、ロシアのスターシティから無重力飛行に出かけた経験もあるのだとか。
天功さんはまさに「生きる伝説」として、今も世界を舞台に活躍し続けています。
プリンセス天功のすっぴんを調べる人向けの関連情報
プリンセス天功さんのすっぴんについて調べていると、結婚や収入、年齢など気になる話題がたくさん出てきますよね。
ここでは天功さんにまつわるさまざまな関連情報をまとめてご紹介します。
結婚しない理由は終身契約
プリンセス天功さんはこれまで一度も結婚しておらず、現在も独身です。
天功さん自身が結婚しなかった理由を明確に語ったことはありませんが、アメリカでの終身契約が大きく関係しているようです。
キャラクター契約が恋愛にも影響
「PRINCESS TENKO」のイメージを守るための契約には、全身100箇所以上に及ぶ外見の制約だけでなく、なんと恋愛相手についてのルールまで含まれているんです。
アニメーション版の「PRINCESS TENKO」では恋人役が金髪でブルーアイの男性として描かれていたため、実際の恋人も金髪でブルーアイの人に限定されていたのだとか。
こうした厳しい条件の中での結婚はなかなか難しいものがあるのかもしれませんね。
ハリウッドスターとの結婚騒動
天功さんは2000年11月に結婚宣言をして大きな話題になりました。
1995年頃に出会ったというお相手とは、ビバリーヒルズやニューヨークでデートをしたり、宝石や指輪、クルーザー、ロールスロイスなどをプレゼントされていたそうです。
ただし、お相手の名前については「あまりにも有名なため、発表したら殺されるかも」と語り、明かすことはありませんでした。
マスコミの間ではチャーリー・シーンさん、キアヌ・リーブスさん、ジム・キャリーさんなどハリウッドの大物スターの名前が飛び交い、その後「親日家で格闘技経験者」という噂からジャン=クロード・ヴァン・ダムさんの名前が浮上しました。
しかし、来日したヴァン・ダムさんは天功さんとの結婚を完全否定。
天功さんも後に「ヴァン・ダムさんとは一言も言っていない」と語っており、結局この騒動の真相は謎のままです。
もしかしたら、この一連の騒動自体がプリンセス天功さんのイリュージョンの一つだったのかもしれませんね。
5人からのプロポーズ
2008年には「最近は日本人にももてるようになり、5人からプロポーズされています」と明かしています。
「5人中4人はタレント」だそうですが、こちらも具体的な名前は明かされず、その後の進展もなく立ち消えになっています。
天功さんの恋愛事情も、まさにイリュージョンのように謎に包まれていますよね。
娘はいない?卵子凍結の話
プリンセス天功さんには子供はいません。
結婚もしていないため、お子さんがいないのは自然なことですが、天功さんには将来を見据えた驚きのエピソードがあるんです。
20歳で卵子凍結を決断
天功さんは20歳の時に卵子凍結をしていると明かしています。
まだ卵子凍結が一般的ではなかった時代に、将来の選択肢を残すための判断をしていたというのは先見の明がありますよね。
現在も独身のため、将来的に子供を持つ可能性がゼロではないということになります。
「プリンセス天功 娘」と検索される理由
「プリンセス天功 娘」というキーワードで検索する人が多いようですが、天功さんに娘がいるわけではありません。
この検索は、天功さん自身の生い立ちに関する情報と混同されている可能性があります。
天功さんは新潟県の出身で、母親は越後国(現在の新潟県)高田藩藩主・榊原家の末裔という由緒ある家系に生まれました。
父親も武士の家系で、しつけが厳しい家庭だったそうです。
3歳からキッズモデルを始め、10代からは「セブンティーン」「りぼん」といった少女向け雑誌に載ったり、テレビドラマに出演したりと、幼い頃から芸能界で活躍していました。
1歳の時に脳の難病が発覚し「18歳くらいまでの命」と宣告されたという過去もあり、それがきっかけで「たくさんの人に覚えてもらえること」を目指して芸能の道に進んだそうですよ。
収入は時給5000万円の衝撃
プリンセス天功さんの収入に関する話は、聞けば聞くほど驚くスケールです。
時給5000万円のステージ
2025年6月に放送されたフジテレビ「奇跡体験!アンビリバボー」で、天功さんは自身の収入について語りました。
番組スタッフから「ぶっちゃけ、いくらくらい稼いでるんですか?」と聞かれると、「私、時給(制)なので、ステージに1歩出たら時給が発生する」と説明。
その時給金額はなんと「5000万円」だと明かしたんです。
この時給5000万円は海外公演の契約額で、1ステージが約1時間、年間300ステージのうち海外は200公演。
単純計算すると、海外公演だけでも年収はおよそ100億円超になるという計算です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 時給 | 5,000万円(海外公演) |
| 1ステージ | 約1時間 |
| 年間公演数 | 約300ステージ(うち海外約200) |
| 海外公演だけの年収(単純計算) | 約100億円超 |
全盛期の年収と資産
一部では全盛期の年収は3億円で、130億円の資産があるのではないかとも言われています。
特に海外公演のギャラは高額で、過去にはラスベガス公演について「1つの公演で100億円」と発言していたこともあるのだとか。
桁違いの金額に驚かされますよね。
命がけのイリュージョンを長年にわたって続けてきた対価として考えると、その大変さが伝わってきます。
なぜ金持ちなのか?埋蔵金の噂
プリンセス天功さんがなぜこれほどお金持ちなのかについては、時給5000万円のステージ以外にもさまざまなエピソードがあります。
油田をプレゼントされた
天功さんはショーに感激したアラブの王様から、プレゼントのメニュー表を渡されたことがあるそうです。
一番上に書かれていたものは「油田」で、天功さんは「絶対にそんなことないものを言った方が面白い」と思って油田を選んだところ、本当にもらえてしまったのだとか。
海底油田を受け取り、今でも石油がじゃんじゃん出ているそうですよ。
日本全国6か所に埋蔵金を埋めた
天功さんは「仕事に追われて使い道がない」との理由で、埋蔵金として財宝を埋めることを思いついたそうです。
ABEMAエンタメの密着企画「NO MAKE」(2025年1月放送)で、日本の6か所に埋蔵金を埋めたことを明かしました。
1か所に埋められている金額は「もう仕事しなくてもいいぐらい」だそうで、見つけた人が持っていっていいとも語っています。
過去にはテレビ番組で小型ユンボを購入して「自分の敷地内で宝物を埋めたい」という話もしていたり、2022年にはYouTubeでも同様の話をしていたりと、埋蔵金は天功さんのお馴染みのネタになっています。
世界中に30戸の家を所有
天功さんは世界中に30戸もの家を持っているとも明かしています。
自宅ではホワイトタイガーやサーバルキャット、ピューマなどの猛獣を飼育しており、全部屋に猛獣がいるという発言もしています。
特にかわいがっているのがホワイトライオンのKINGくんで、YouTubeチャンネルでは天功さんがKINGくんをかわいがる様子が公開されていますよ。
一部では「虚言癖ではないか」という声もありますが、世界中にある持ち家や油田をもらったエピソードは実際にテレビで紹介されたこともあり、驚きのエピソードのほとんどが事実である可能性が高いとされています。
初代引田天功の死因と襲名の経緯
プリンセス天功さんは「2代目引田天功」として知られていますが、初代引田天功がどのような人物で、なぜ2代目が誕生したのかを知ると、天功さんの半生がより深く理解できます。
初代引田天功の突然の死
初代引田天功は命がけの「大脱出」で一時代を築いたイリュージョニストでした。
1979年の大みそかに心筋梗塞で急逝し、45歳という若さでこの世を去りました。
弟子だった天功さん(当時のアイドル歌手・朝風まり)は虎の門病院に駆けつけ、霊安室に移される時に付き添ったそうです。
2代目を襲名
初代の死後、天功さんは初代の後援会メンバーに「引田天功は大きな名前だ、女の子でも、あなたなら継げる」と言われました。
当時まだ若かった天功さんでしたが、1980年に2代目引田天功を襲名することになります。
アイドル歌手から一転、イリュージョニストとして命がけのステージに立つことになったわけです。
世界的イリュージョニストへ
襲名後は日本国内だけでなく、アメリカを中心に世界進出を果たしました。
「PRINCESS TENKO」としてアニメ化やバービー人形化されるほどの人気を獲得し、世界的なイリュージョニストとしての地位を確立しています。
これまでの活動中には事故も経験しており、2007年には福井県鯖江市での公演中に脱出マジックで失敗し、右頬と肋骨を骨折する重傷を負ったこともあります。
あと1センチ上だったら右目に刺さっていたかもしれないという危険な状況だったにもかかわらず、公演が中止されるまでの30分間演技を続けたというのだから、そのプロ根性には頭が下がります。
初代から受け継いだ「命がけのイリュージョン」の精神は、2代目であるプリンセス天功さんにもしっかりと引き継がれているんですね。
プリンセス天功のすっぴんのまとめ
- プリンセス天功の公式なすっぴん写真は公開されていない
- アイドル歌手「朝風まり」時代のナチュラルメイク姿がすっぴんに最も近い
- 1978年に「ザ・マジック」でアイドルデビューし『8時だョ!全員集合』にもレギュラー出演
- メイクが濃い理由はアメリカとのキャラクター契約で100項目以上の外見ルールがある
- 金髪にしてテレビに出た際に国際裁判にかけられたエピソードがある
- 顔が変わったと言われるのはメイク・加齢・画像加工の複合要因とされる
- 本人は「整形はしていない」と語っている
- 年齢は非公表で米国との契約上「永遠の24歳」とされる
- 若さの秘訣は1回数千万円の再生医療を年2回受けていること
- 現在も年間300ステージをこなし世界各国で公演を行っている
- 結婚歴はなく終身契約が恋愛にも影響しているとされる
- 子供はいないが20歳の時に卵子凍結をしている
- 海外公演の時給は5000万円で年収100億円超ともいわれる
- アラブの王様から油田をもらい日本全国6か所に埋蔵金を埋めたと語っている
- 初代引田天功は1979年に心筋梗塞で急逝し翌年2代目を襲名した


